飛行機は離陸した。
見慣れた人間界が下方に去ってゆくのを見やり、オレは深呼吸した。
周りの乗客は楽しげに会話したり食事をしたり、思い思いに空の旅を楽しんでいるようだったが、オレはそれどころじゃなかった。
心臓がどきどきする。喉が渇いてしかたない。
汗ばむ手のひらをズボンでこすっていると、ふいに隣から肩をたたかれた。
「おいアルファ、ずいぶん緊張してるな」
「……当たり前だろ、ラムダはなんでそんなに余裕なんだよ」
「俺はここ一番に強えんだ」
「ただ無神経なだけだったりして?」
すぐ後ろから茶化されて、ラムダがふり返る。
「るっせえなイータ。お前こそ余裕こいてんじゃねえか」
「あら、あたしは繊細よ」
「へ、言いやがる」
もう長いこと仲間をやっているけど、オレはこの二人のこういう所がわからない。今からハイジャックをしようって時は、普通緊張するもんだろ?
……でも、こんな二人だからこそ頼れるんだけど。
「そろそろ行くぜ」
ラムダがささやいた。
さっと緊張が走る。
オレは、非公式ルートで持ち込んだ銃を、震える手でホルダーからそっと抜いた。
ラムダとイータも銃を抜いた気配がする。
もう後戻りはできない。
オレ達がまさに立ち上がろうとしたその瞬間――
「やいやい全員動くなっ!」
ドスのきいた声がいきなり俺たちの出鼻をくじいた。
何事かと見やると、人相の悪い五人組が……なんとマシンガンを構えている!
「この機は我々が乗っ取った! 下手に動くとハチの巣になるぜ!」
……やられた!
完全に先を越された。
が、そのときいきなり立ち上がったのはラムダだった。
「ちょっと待て! それは俺のセリフだ!」
「そうよ! あたしたち、ハイジャックのつもりでここへ来たんだから!」
イータも立った。
ええい、こうなりゃヤケだ! 意を決してオレも立ち上がった。
「な……何ぃ!? お前らもか!」
うろたえる五人組、そんな彼らをにらむオレ達。
まさに一触即発……
「あ、あの、僕たちもハイジャッカーなんです!」
……何っ!?
「じ……実は私も!」
「おれ達もだ!」
機内のあちこちで、乗客が騒ぎ始めた。
……おい、ちょっと待ってくれ……
それじゃまさか……
「……乗客全員がハイジャッカーだったってのか?」
ラムダがうめいた。
……こんな事が、本当にあり得るんだろうか?
それとも……これは悪夢か?
そのとき、まったく唐突にアナウンスが入った。
「本日は、当機をご利用いただきましてまことにありがとうございます。お客様にご案内を申し上げます。当機は離陸当初から、偽パイロット及び偽スチュワーデスによりハイジャックされております。速やかに所定のお座席にお戻りの上、スチュワーデスにお手持ちの金品及び凶器をお引き渡し下さい。なお、少しでも不審な行動が見られました場合には、当機を爆破させていただきますので、あらかじめご了承ください」
機内が一瞬にして静まった。
コックピット側のドアから、スタンガンと電磁警棒で完全武装し、背中に脱出用パラシュートまでしょったスチュワーデスが、大きな袋を手にしてさわやかに微笑みながら現われた。
END