/?作品化石のうたをきかせて>JILK

○要するにオレは落ちこぼれだった。○

 オレの家系父方も母方も代々優秀で――ほんとに優秀で、天才秀才がこれでもかってぐらいにごろごろしてた。ほんとに、ウザいぐらい。政治家、学者、医者、弁護士、電子技術者……あと何だったかな、とにかく有名なやつらがいっぱいいた。有名じゃないやつらもみんなそれなりに頭がよかった。オヤジんとこもオフクロんとこもさ、ノーベル賞受賞者がいたんだ。……ほんとだぜ? だからオヤジとオフクロが結婚したとき、世間じゃ相当騒いだんだと。……アホくせ。

 オレは五人兄弟で、アニキ三人と妹がいたんだ。みんな出来がよくて、まわりの期待どおりだった。一番上のアニキは弁護士、二番目が外科医、三番目は裁判官、妹――アリスって名前でオレとは双子――は臨床心理学者になりたいって言ってた。
 オレだけが期待はずれだった。オレだけが……
 オレはどうしようもなく勉強ってやつが苦手だった。のみこみが遅くてまわりをイライラさせた。
 オレが小さいころ、それに気付いた親はあわてた。上三人と妹が優秀だから当然オレも……と考えてたらしい。ところがお受験用の塾(一応エイサイキョウイクってやつはうけてたさ、オレも)から連絡が来たのさ。お宅の子はいつまでたっても字が読めない、計算も出来ない、ってね。こんなはずはない、って親は猛勉強させたけど、オレはさっぱりだめだった。しかたないから小学校は普通のとこに行かされたけど、まもなくオレが普通の子よりも出来が悪いってことがわかった。
 親だけじゃなく、身内みんながあせった。オレが一族始まって以来のできそこないだってハッキリしたから。オレはしばらく、気が狂うほど勉強させられた。そして両親も親戚も徹底的にオレをしごいた。で結局、成果はなかった。
 もうどうしようもない、ってわかったとき、身内はオレを見放した。家族の中で孤立して、誰からもまともに相手にはされなかった。……そりゃ、何か言えば返事は返ってきたさ……けど、なあ……。両親はもちろん、アニキたちもオレを敵視してたと思う。よくそんな事言ってたし。親戚だってそうさ。誰も声なんてかけてくれなかったもんな。……近所でも学校でも同じ。陰で馬鹿にされっぱなしで、肩身狭いったら。……でもアリスは……どっちかって言えば味方だったか。いっつもオレにちょっかい出してたけど、要するに会話してたわけだし。他のやつらと違って、たまにはオレと冗談言ったりしてたし、……それなりに本気で話してたし。
 生活必需品には不自由しなかったけど、お下がりがずいぶん多かった気がする。小遣いも少なかった。物をねだったこともほとんどなかった。何でもほしいものをねだれる他の兄弟がうらやましかったけど、しょうがなかった。だからオレの持ち物はすごく少なかった。……勉強ができないオレがいけないんだ、本気でそう思ってた。
 あのころのオレの居場所は自分の部屋(オレたちはみんな、自分の部屋を持ってた)だった。わざわざオレの部屋まで来るやつなんていなかったし(アリスはときどき来たけど)。……学校じゃ、いつも屋上かグランドの土管の中にいた。やっぱりだれも来なかったから。

 従弟のお下がりのボロい自転車は、数少ないオレの財産で、「ウィリー」なんて名前つけてさ、晴れた日にはそれをとばしてあっちこっち行った。行き先はどこでもよくて、山行ったり本屋行ったり、とにかく自分の家から遠ざかった。知り合いがいない所へ行きたかったんだ。(親は何も言わなかった。気にもとめてなかったんだ、きっと)
 ある日、オレの目覚まし時計(これは二番目のアニキのお下がり)が壊れた。もうだいぶ長いこと使ってたからもうおしまいか、とは思ったけど、オレは物をねだれる立場じゃなかった(と思ってた)んで、修理に出そうとして目覚ましもってウィリーに乗って出かけたワケよ。
 ……で、いつものように知らない街まで行った。疲れたんで、通りがかりの公園でベンチに腰下ろして、何気なく目覚ましいじってた時に声かけてきたのが、あいつさ。


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