1
昼下がりの居間の中。
母親、掃除機をかけている。
部屋の隅で少年、じっとうずくまり宙を見ている。
少年 (掃除機の音と同じ高さで、かすかに)んー……
少年、息が続かなくなるまで掃除機の音真似を続ける。息が続かなくなったら息を吸って何度でも続ける。
母親、少年のいる辺りを掃除しようとする。
少年、反応しない。
母親、どいて欲しそうな合図を送る。
少年、動かない。母親、掃除機のスイッチを切る。
少年 (音真似を止める)
母親 ちょっと。
少年 (動かない)
母親 ほら、あっち行ってちょうだい。
少年、初めて動く。立ち上がりゆっくりドアへむかう。
母親、掃除機のスイッチを入れる。
少年、また音真似を始める。
少年 んー……(そのまま部屋を出る)
2
真っ暗な部屋の中に少年、じっとうずくまっている。
別のところに母親と男。二人にスポット。
男 いつからです?
母親 三ヶ月ぐらい前から……昔から無口な子ではあったんですが……
二人、少年の方を見る。
時計のセコンドがしだいに聞こえてくる。同時に少年にスポット。
少年 (セコンドの音真似)チッ……チッ……チッ……チッ……
母親と男、ゆっくりと姿を消す。
少年、すっと立ち上がる。時計のセコンド、消える。
少年 例えば、それはある夏の日。
蝉時雨、聞こえてくる。
少年 暑さに半分溶けたような感じで歩いてくる人々がいる。暑さなんかに気づかないみたいに走り回る子供たちもいる。だけど、ふっと僕以外の人間はみんな陽炎のマボロシで、手の届かない遠いところにいるような気になる。夏のまんなかで、自分ひとりでいるみたいな。僕も陽炎みたいにゆらゆらただよい始めて、ばかに明るい真夏の世界の中で、ふっと眠くなるような、そんな気がする夏の日。
周囲、溶明。
3
少年、蝉時雨の街を歩いている。ばかに明るい真夏の世界の中。
周囲にドア、ドア、ドア。どれも真っ白で、人の気配はない。