夜明け近くの淡い光の中で、街はまどろんでいた。おきているのはまだ私だけなのだろう、通りは無人だった。
ふと見上げると、空からゆっくりと何かが舞い降りてきた。足元に落ちたそれは、一個の紙風船だった。続いてもう一つ、もう一つ。いつしかそれらは雪のように次々に舞い降り、街を包んでいった。
私もいつのまにか、無数の紙風船でおおわれていたが、重さを感じないせいか閉じこめられた気はしなかった。むしろ、このままここでこうしていてもよかった。
突如、ざざぁという音とともに紙風船たちが舞い上がった。風が吹いたのだ。街中の紙風船は一つ残らず舞い上がり、ぐんぐん小さくなり、南の山を越えていった。
ふと気づくと、日が昇っていた。どこかで人が起きだす気配がした。
* * *
樹齢は千年を越しているだろうか、大きな樹。手を触れてみると、かすかに冷たい。樹に寄りかかって、私は目を閉じた。
ふと、背中から沈んでいくような気がして、私はゆっくりと目を開けた。
さぁぁぁ、とかすかに音をたて、樹が少しずつ伸びていた。そのまま、だんだん私は樹のなかに沈んでいった。
気づいたとき、私は樹の中にいた。
そこはかすかに温かく、静かだった。
ふと、かすかな音を聞いた。
樹の中を水の流れている音だった。ずっと昔から、そうだったのだろう。
私はゆっくり呼吸をしていた。
* * *
真っ暗な中に、私は膝を抱えて座っていた。何の音もしない。でも怖くはなかった。そこは暖かく、穏やかだった。
眠っているのか目覚めているのか分からない。でも、そんなことはどうでもよかった。ただ、じっと座っていた。
ふと、どこからか何かが割れるような、かすかな音が聞こえてきた。私は顔をあげた。
その音は少しずつ大きくなっていき、やがて、頭上にかすかな明かりが見えてきた。それは次第に大きく、明るくなっていった。
気が付くと、私は自分の家の台所に立っていた。目の前のテーブルには、小鳥の卵の殻が散らばっていた。今までその中にいたんだと気づいた。
窓からは、朝の光が射してきていた。「おはよう」、それだけ言った。