/?作品>それでも地球は動いている

 ある朝、少年はいつものように砂浜を歩いていた。

「坊や、ちょっといいかな」
 ふいに声をかけられてふり返ると、見知らぬ男が立っていた。
「この辺にコンパス落ちてなかったかな。あの、方角を測るやつさ」
「見なかったけど、まだ学校まで時間あるから、一緒に捜してあげる」
 少年と男は、しばらく浜辺のあちこちを捜していたが、ボートの裏側をのぞき込んだ少年が、ついに一つのコンパスを見つけた。
「おじさん、これじゃない?」
「そうだそうだ。いやあ、ありがとう。大事な物なんだよ」

 浜辺を並んで歩きながら、二人は色々な話をした。
「坊やは、今どんな事を習ってるんだい」
「きのうは地動説っていうのを習ったよ。地球は自分で回ってるんだって。でも、どうやって回ってるんだろ」
「そう言えば、おじさんの知り合いに変わったのがいてね、酔っぱらっては、自分が地球を回してるんだって言うんだ」
「へえ、どうやって?」
「玉乗りみたいに、足で西の方へ歩いて回してるんだと」
「嘘だぁ。人間に地球なんて動かせないよ。だって地球は一日で一回りするんだよ、歩いたんじゃ遅いや。それに、海や山が邪魔してるもの」
 男は考え込むように少し黙ったが、すぐににやりと笑ってみせた。
「そうだな、その通りだ」
「……あ、そろそろ行かなくちゃ」
「そうか。それじゃ、どうもありがとう」
「うん。おじさん、バイバイ」
 手をふって、二人は分かれた。

 少し行ったところでふと少年がふり返ると、男はコンパスをのぞき込みながら、西――海のある方――へむかって歩いていた。
 水際についても彼は止まらず、そのまま水の上を駆け出した。そして彼はみるみる速度を上げていき、ついに一陣の疾風のように、水平線の彼方へと消えていった。


END


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