WORKS三題噺まとめ>1st Season - 08

●留守/飛行機/一人
 世を儚むまでに落ち込み、泣くと涙が細かな足跡の形で頬を伝うようになった。気味悪いが心に巣食う何かを追い出すと思えば楽だ。だが床に落ちた足跡たちはいつも乾く寸前私へ踵を返す。ある日ついに手首を切ると、無数の赤い足跡が八方へ散ったまま二度と戻らず、浮遊する意識の中でその正体を悟った。

●チョコケーキ/乳/紅葉
 窓際5番卓。十月七日、老紳士、コーヒー。十一月十九日、老紳士、女の子(制服)、コーヒー、ケーキ。十二月十日、老紳士(車椅子)、女の子、コーヒー、ケーキ。二月二十八日、老婦人(黒服)、女性(黒服)、女の子(黒服)、紅茶三つ。三月十五日、女の子、コーヒー、ケーキ。※外の木にやっと蕾。

●かさぶた/露天/ミカン
 採れた蜜柑を無人販売所に山と積んだところ夕方には完売していた。それはいいが代金入れも空っぽで、その日を境に置いた野菜も果物も全て消える。いい加減見張りにも疲れた頃になって、裏山で古い祠が撤去された話に思い至り、試みに「直売所」の字を消して作物を入れ続けたところ翌年から豊作続きだ。

●緑/タバコ/包丁
 ナナフシを捕えたら脚が皆もげた。奴はナナフシギと名乗り、もげた脚の数だけ私に怪談を語ったが、六つとも私の知っている話と違う。怯える私に奴は、自分の脚が生え替るまでお前が生きていれば呪いは解けると言った。以来、時間差の毒に震えながら奴を養ってきたが、生える気配もないまま百年になる。

●ネックレス/時計/ランプ
 雑貨屋でふと買ったペンダント三本のトップは親指大のランプ、鳥籠、手紙入り瓶だ。鳩が灯りを頼りに手紙を運ぶ物語を考えたが、底面の時計が全て違う時刻で止まっており考え直した。孤島に漂着した男の流した手紙は沈み、放った鳥は物言えぬまま人に飼われ、死ぬまで灯した火にも気付く者はなかった。

●景色/無差別/マナーモード
 目を瞑ると違う風景が見える。夢ではない。目を閉じた瞬間視覚だけが切り替わるのだ。そこは風の通る草原で、音もなく澄んだ空を雲が駆け足で流れる。草の海は遥か山脈まで青く、白樺の木がすっと立っている。祖父がダム建設で沈める前にそこを目に焼き付けたせいで、私にまでそれが伝わって離れない。

●茶碗/味覚/液晶
 食べ物の画像を触るとその味が判るという友人がいる。新作菓子やラーメン屋の毒見に重宝がられているが、彼曰く意外に不自由で、報道写真で難民の子が持っていた皿の中身はトラウマ級の切ない味だとか。逆に本物がどうにも気になるのは海外の少数民族の料理の絵で、材料の動植物はみな絶滅したらしい。

●カマキリ/タバコ/耳
 長きに渡ったキノコ族・タケノコ族の戦争は最終局面を迎えていた。タケノコ族の細面のエリート士官が、当方はれっきとした竹の子であり、木の子など木の寄生物に過ぎんと罵ったのだ。タバコをふかしていたキノコ族の老兵が、茸(たけ)の子の分際で何を言うかと一笑に付し、キノコ族の勝利が確定した。

●カーテン/肉/濃厚
 食品会社のポスター撮影で、スクリーンをバックに豪華な肉料理の皿を捧げ持ってカメラに笑顔を作る。皿の中身は同胞……人間の肉だが、私は写真写りのいいスタイルのお陰で重宝がられ、食用を免れているらしい。「彼ら」は仕事さえちゃんとやっていれば大事にしてくれるので、怖いと思ったことはない。

●露天/濃厚/無作為
 某銭湯で第4水曜に開かれる貸切り会合は子供用お風呂おもちゃで目一杯遊ぶ大人限定同好会で、毎回水鉄砲撃ち合いや水習字、アヒルレースが真剣に催されている。スペース・安全上の理由から入会は紹介制で銭湯側も公表しないため、「大人」「おもちゃ」のフレーズで要らぬ誤解を招いているのは別の話。


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