WORKS三題噺まとめ>2nd Season - 09

●切ない/ピン/月(ムーン)
 岬天文台が今日で閉館だ。元は小さな灯台で二階が資料室、三階がプラネタリウム、四階が展望天文台だ。家庭用3Dプラネタリウムが普及し、客など僕ぐらいなのに嫌な顔もされなかった。一階売店で灯台の形の遠華鏡を買い、珈琲片手に四階から夕暮の街を覗いた。手の中に満天の星星が、岬天文台がある。

●勇気/湖/女教皇(プリエステス)
 狐なので連れ合いに何かあれば判る。どっと脳に流れ込むのは良人の苦痛だ。ああ、あの人が殺される。床でのた打ちながら声を上げると、自分を抱き上げる腕。良人の姪だ。途端じわっと楽になった。まさか、これが彼女の能力か。考える間もなくその能力をそのまま良人に流した。どうか間に合いますよう。

●楽しむ/杯/欲望(ラスト)
 狐なので小豆飯が好きだが人間が食糧難とかで小豆が手に入らない。その代り鼠だけはそこら中にいるので、鼠の天ぷらが新しい好物になった。ただ衣つきの鼠を遠くから油にぼちゃんとやって毛皮を焦がして以来、揚げるのは良人の役目だ。自分は山菜ばかり食うのに嫌な顔もせず弟妹の分まで揚げてくれる。

●戒める/レコード/調整(アジャストメント)
 祖父の日記は日々の雑感も俳句やスケッチもさらっと軽妙だ。が、次第に文も絵も別人のように仰々しく硬く変貌し、終り近く「見るな、見るな、見てはいけない」と殴り書きの後は憑物が落ちたように元の筆致だ。訊けば当時いた文芸愛好会全員が同じ症状で解散した日、巨大な烏が飛び去る幻を皆が見た由。

●飽きる/煙草/理解(ビナー)
 夢を見た。びろうどの椅子に女がゆったりと掛けている。口に運ぶ煙管と見えたのは薔薇の茎で、先端の蕾からは一息ごとに濃密な花の香がにおう。ついに噎せ返って目が覚め、サイドボードの水差しに手を伸べて気付いた。敷布の薔薇の刺繍がほつれて紅い糸がひとすじ、長々とベッドの枕頭まで伸びていた。

●悪態をつく/窓/皇帝(エンペラー)
 家の鍵を無くした。仕方なく友人宅に一週間泊まり鍵を換えて帰ると中に痩せた貧乏神がいた。留守中に非常食を食い尽くしており、お帰りなさいませ何か作れと図々しく三つ指つくのを放り出したが、独居会社員で定時に帰れるのはお前位だから行く宛がないと、どっちが不幸か判らないような事を言われた。

●懐かしむ/拳/女教皇(プリエステス)
 草木も眠る午前二時、古井戸だった防火水槽から幽霊が現れ、一枚二枚と皿を数えて恨むので、新たに一枚目を数えた時を狙い今何時だと訊いてやった。相手が二時と答えれば三枚、四枚…で十枚になる筈が、丑三つ時と答えたばかりに十一枚になり、キレた幽霊が防火水槽の縁で皿を全てぶち割り、無事成仏。

●抱きしめる/約束/星(スター)
 狐なので人間の街は不案内だが良人が心配で後をつけた。が、街の入口でバテたため良人に気付かれた。何か閃いた良人はひょいと自分を抱えて胴を風呂敷で包み、人間の赤子のていであやしつつバスに乗る。可愛いでしょう僕に似てますかと堂々たるフカシに、他の客は正しく狐につままれた顔で目をこする。

●不満/わた飴/根源(アツィルト)
 収入源の薬物が次々違法化、弱小暴力団は商店街のみかじめ料に目をつけた。先兵の若衆は手芸店の美人店主に参って二階の刺繍教室に入会、先輩生徒たる中年刑事との二人教室となる。学習力の若衆と練達の刑事が死力を尽くして技を競った作品展で暴力団と警察の銃撃戦が勃発、二人は教室死守に共闘する。

●傲慢/オパール/根源(アツィルト)
 昔の部下と呑む。思い詰めた顔で、口を付けた酒が減らない。こいつの能力は人間の中でも強く、その姪を娶ってこいつも配下にすれば狐と人間双方を支配出来る。が、大戦中死ぬ程上下関係を叩き込んだにも関わらず姪のために逆らう気らしい。話し出そうとした部下の頭がぐらっと揺れる。毒酒だ、莫迦め。


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