ただどこまでも、茫漠とした荒野。
「じゃんけん……」
「ぽん!」
俺はグー、相手はパー。
額に汗。相手をぐっとにらむ。
「あっち向いて……」
水平に上げられたその拳のかすかな震えを、俺は見逃さなかった。
――下だ!
「ホイ!」
その瞬間、俺は右を向いた。
ちらりと目を向けると、相手の人差し指は真下を指していた。
相手は、歯噛みして指を下ろした。俺は、汗みどろの顔でにやりと笑ってみせる。
「……じゃん、けん、ぽん!」
俺はチョキ、相手は、パー。
相手の薄汚れた顔が、ぴくりと引きつる。
もらった。俺は、心の中で快哉を叫んだ。
「あっち向いて……」
相手が息を詰める。
――左だ!
「ホイ!」
俺は、真っ直ぐに左を指差した。予想たがわず、相手の顔はその方向を向いていた。
相手の顔がみるみる絶望に染まる。
とたん、その首がちぎれ飛んだ。
どっと倒れる首なしの胴体には目もくれず、俺はその場を離れた。
俺は座り込んで一息つき、周りを眺め渡した。
どちらを向いても、無数の死体。荒野じゅうに点々と散らばっている。
ついこの前見かけたものもあれば、風雨にさらされて顔もわからないものもある。
ところどころ白い物が落ちているのは、きっと骨だろう。
そのうちのいくつかは、無論俺が倒したものだ。さっきの奴のように。
「あっち向いて、ホイ」。
これが、ここの唯一絶対の掟だ。
俺は、ジャンケンは強い方ではない。
が、「あっち向いて……」の時の相手の動きを読むのには、恐ろしく長けている。
ジャンケンに勝った相手の人差し指が、どちらを指すのか。
ジャンケンに負けた相手の顔が、どちらを向くのか。
それらが、相手の拳の、顔の、ほんの少しの動きでわかる。
おかげで、今日までの無数の勝負を生き延びてきたのだ。
だが、この無益なゲームも、もうすぐ終わる。
あと一人。
あと一人、倒せば。
ふと気配を感じ、俺は振り返った。
はるか彼方から、一つの影。
俺は立ち上がり、そちらへゆっくりと歩き出す。
俺と奴――最後の生き残り二人は、黙って突っ立ったままにらみ合った。
相手はぼうぼうの髪に無精ひげ。着ている物は汚れきっていた。
しかし、やつれきった体の中で、目だけが獣のようにぎらついている。
ひでえナリだ。きっと、俺もそうだろうが。
相手の体が、かすかに動いた。俺も、ゆっくりと息を吸う。
「……じゃん、けん……」
ゆっくりと拳を上げる。
「……ぽん!」
俺はチョキ。相手は……グー。
獣の目が、にやりと笑う。
――平気だ、平気だ。今までだって上手くやれたろうが。
これさえ乗り切れれば。
「……あっち向いて……」
ぐっと下腹に力を込める。
相手の拳が、ゆっくりと上がる。
その、人差し指は……
――上だ!
「……ホイ!」
俺は、思いきり右を向いた。
一瞬の静寂。
俺は、ちらりと相手の拳に目をやった。と――
たかだかと天を指しているはずの人差し指はそこになく、
相手の……親指が、俺の向いている右側を、真っ直ぐに指し示していた。
全身の血が、ざあっと引いていった。
とたん、俺の首が飛んだ。
END