WORKS文字書きさんに100のお題>004:マルボロ

 ――タバコ臭いのよね、あんたのキス。
 ついさっき女にいわれた言葉を思い出しながら、男は店の裏口に腰を下ろした。

 場末の酒場の楽屋。ステージの合間にあわただしくキスを交わし、そのまま女はホールへ去った。
 去り際に、彼女は彼を軽くつついてそう言ったのだった。

 次の休憩は一時間後か。男はコートのポケットからマルボロの箱を取り出し、一本を抜き取った。
 闇の中に、一点の赤。
 ――タバコ臭いのよね、あんたのキス。
 とは言え、今さら止められもしないし、止める気もない。

 長い沈黙。

 不意に、背後のドアが開く。振り返った男は、そこに恋人の姿を見た。
 男はマルボロをゆっくりと踏み消し、煙を吐き出す。
「終わったのか」
「ええ」

 彼女は男の隣に腰を下ろすと、スカートのポケットから何かを取り出した。
 マルボロの箱。
「何だ、いつから吸うようになった」
 苦笑して、男は尋ねた。
「一本、いる?」
 問いには答えず、女は箱を差し出した。
「……お、悪いな」
 男はポケットのライターを探りながら、箱の中から一本を抜き取り、くわえた。

「……ん?」
 甘い。

「チョコレートよ」
 女が、笑いながら箱を見せる。見ると、ロゴが確かに違う。
「よく出来てるでしょ」
 そして「原材料:カカオマス」。

「……ああ、行かなきゃ」
 女は立ち上がり、箱を男に手渡した。
「それで禁煙、どう? じゃ、後でね」
 女は少し手を振り、ドアの向こうに消えていった。

 背後で、ドアの閉まる音。
 チョコレートをのみ込むと、男はポケットのマルボロに手をやった。
 少し考え直し、ポケットから手を抜くと、チョコレートの箱から一本を取り出し、くわえる。

 ――ああ、そう言えば。
 ふと、思い当たる。
 ――今日は、二月の十四日か。

 ほんの少し苦笑して、頭をかく。
 ――禁煙、してみるかな。


END


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