村と森をへだてる岩場の上の方に人影が見えた気がして、その子供はよじ登った。
普段はめったに人が登らないその頂上に、大汗をかきながら子供がたどり着くと、そこには一人の男が腰かけていた。
子供は、その男を知っていた。村で「見張り」と呼ばれている男だった。
――よお。お前、……の家の子だな。一人で来たのか?
子供を見て、男は少し驚いたように言った。
子供はうなずくと、尋ねた。
――おじさん。こんなところで何してるの?
――見張ってるのさ。
――何を?
――あれをさ。
男はかたわらの弓を取り、眼下に広がる森の上空を指して見せた。
そこには、大きな鳥のようなものが何羽か、ゆっくりと旋回していた。
――あれ、なに?
――妖怪さ。
事もなげに、男は答えた。
――妖怪って、人を食うの?
おとぎ話の闇めいた恐怖がぬっと立ち上がった気がして、子供は身震いした。
――ああ、時々はな。だから俺はこうして、連中が村まで来ないように見張ってるのさ。
男は、たばこに火を点けた。
――話が通じりゃ楽なんだが、なんせ人間の理屈が通じねえもんでな。
と、舞っていた妖怪たちの一羽が不意に向きを変えた。
そのままこちらへ飛んでくる。
男が、弓をつかんでゆっくりと立ち上がった。
子供は、ぞくりとして男の後ろに身を隠した。
妖鳥はぐんぐんと近づいてくる。毒々しい翼、巨大な鉤爪。かあっと開いた口に並んだ牙まで、子供ははっきりと見た。
男はたばこをくわえたまま、妖鳥に弓を構えた。
見上げた子供は、息を飲んだ。
その弓に、弦が、ない。
矢さえも、ない。
――おじさん!
思わず叫んだ子供に、男は妖鳥を見据えたまま口元だけで笑い、ない筈の弦をぐっと引き絞り、
放した。
とたん、妖鳥の体が弾かれたように飛び、
そのまま、くるくると回りながら、
墜ちていった。
呆然とする子供に、男は笑ってみせた。
――言ったろ、人間の理屈は通じねえって。
END