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WORKS文字書きさんに100のお題>007:毀れた弓

 村と森をへだてる岩場の上の方に人影が見えた気がして、その子供はよじ登った。
 普段はめったに人が登らないその頂上に、大汗をかきながら子供がたどり着くと、そこには一人の男が腰かけていた。
 子供は、その男を知っていた。村で「見張り」と呼ばれている男だった。

 ――よお。お前、……の家の子だな。一人で来たのか?
 子供を見て、男は少し驚いたように言った。
 子供はうなずくと、尋ねた。
 ――おじさん。こんなところで何してるの?
 ――見張ってるのさ。
 ――何を?
 ――あれをさ。
 男はかたわらの弓を取り、眼下に広がる森の上空を指して見せた。
 そこには、大きな鳥のようなものが何羽か、ゆっくりと旋回していた。

 ――あれ、なに?
 ――妖怪さ。
 事もなげに、男は答えた。
 ――妖怪って、人を食うの?
 おとぎ話の闇めいた恐怖がぬっと立ち上がった気がして、子供は身震いした。
 ――ああ、時々はな。だから俺はこうして、連中が村まで来ないように見張ってるのさ。
 男は、たばこに火を点けた。
 ――話が通じりゃ楽なんだが、なんせ人間の理屈が通じねえもんでな。

 と、舞っていた妖怪たちの一羽が不意に向きを変えた。
 そのままこちらへ飛んでくる。
 男が、弓をつかんでゆっくりと立ち上がった。
 子供は、ぞくりとして男の後ろに身を隠した。
 妖鳥はぐんぐんと近づいてくる。毒々しい翼、巨大な鉤爪。かあっと開いた口に並んだ牙まで、子供ははっきりと見た。

 男はたばこをくわえたまま、妖鳥に弓を構えた。
 見上げた子供は、息を飲んだ。

 その弓に、弦が、ない。

 矢さえも、ない。

 ――おじさん!
 思わず叫んだ子供に、男は妖鳥を見据えたまま口元だけで笑い、ない筈の弦をぐっと引き絞り、

 放した。

 とたん、妖鳥の体が弾かれたように飛び、

 そのまま、くるくると回りながら、

 墜ちていった。

 呆然とする子供に、男は笑ってみせた。
 ――言ったろ、人間の理屈は通じねえって。


END


WORKS文字書きさんに100のお題>007:毀れた弓