WORKS文字書きさんに100のお題>009:かみなり

 自分が死んだことに気づかない者の話をたまに聞くが、あれは人間に限った話ではないらしい。

 飼い犬が死んだ。元気が取り柄の奴で、ネズミ花火よろしくそこら中を駆けずり回っていたものだが、年明けの厳寒のさなか体調を崩してからはあっという間だった。
 呆然としたまま半年が過ぎ、新盆もまだの夏休み入り。
 空が暗くなってゴロゴロ言い出したと思っていたら、裏の田んぼにどーんと来た。杉の木に当たりはしなかったか恐る恐る目をやると、青々と広がる水田の上に轟音を曳いて稲光りが踊っていた。折から篠突く豪雨、それを突っ切って電光は畦道に飛び乗り、並ぶ稲先をすれすれに渡り越し、ごうごう渦巻く緑の海いちめんを舞い狂っている。
 その様はあまりにも見憶えがあり、私はぽかんと縁側に突っ立っていた。きっとこいつは自分が死んだことにも、もはや犬でなくなったことにも気付いていやしまい。
 我に返ると小止みになった雨とともに光は消え失せ、名残り惜しげな遠雷が空の奥にこもっていた。

 その年の米はいつになく豊作だった。わけは知らない。


END


WORKS文字書きさんに100のお題>009:かみなり