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WORKS文字書きさんに100のお題>020:合わせ鏡

 チャイムが鳴ってみんなが帰ったのを見届け、二人は合わせ鏡をのぞき込んだ。
 放課後の家庭科室。ついさっきまでのにぎやかな授業が、嘘のようだった。

 赤いランドセルをしょったまま、二人はしばらく見入っていた。
 無限に続く回廊。
 それは奥に行くに従ってゆるやかに曲がり、カーブの陰に見えなくなる。
 その先には何があるのか、何もないのか。
 そして、その中にいる、無数の自分たち。

「ねえねえ、四時になるとこの中からオバケ出るって、知ってた?」
 ふいに一人が言う。
「……うそだよ、そんなの」
「うそじゃないよ、……ちゃんも言ってたもん」
「……やめてよ。ねえ、帰ろうよ」
 友達の意気地のない反応が楽しく、彼女はさらに続けた。
「あ! 今、何か動いたっ」
「や、やめてよっ!」
 その友達は、とっさに彼女を突き飛ばした。
 彼女は合わせ鏡に向かってふっ飛び……

 そのまま鏡の中へと消えていった。

 その友達は何が起こったのかわからず、しばらく呆然としていた。
 ふいに、下校を告げるチャイムが鳴り渡った。
 その友達ははじかれたように立ち上がり、いっさんに駆け出した。
 ちょうど、四時だった。

 その夜、地元の警察に、女の子が帰宅しないとの通報があった。
 最後に一緒にいた友達は、彼女が合わせ鏡に吸い込まれたと証言したが、むろん周りは耳を貸さなかった。
 連日の捜索のかいもなく、結局彼女は行方不明扱いとなり、捜査は打ち切られた。

 * * *

 彼女は目を覚ました。
 明るくもなく、暗くもない。
 そして、まったくの無音。

 周りを見回してみた。
 あの合わせ鏡だけが、そこにあった。  他には何もない。部屋も、壁も、窓も、街も、地平線すらも。
 景色そのものがなかった。

 そして、鏡の中には誰の姿もなかった。
 彼女の姿さえ、そこには映っていなかった。

 彼女は、合わせ鏡の一面に手を伸ばしてみた。
 硬く、冷たい感触。
 もう一面にも、手を伸ばす。

 と、その手は、空を切った。

 入れる。鏡に。

 彼女は、合わせ鏡の、あの無限に続く回廊へと足を踏み入れた。

 * * *

 どれだけ歩いたのかなど、覚えていない。
 数え切れないほどの鏡をくぐり、大きく大きく緩やかにカーブする回廊を、彼女はただ歩き続けた。

 * * *

 二十年ぶりに訪れる母校は、何もかもが変わっていた。
 校舎は六年前に建て替えられ、家庭科室の場所も違っていた。
 足を踏み入れたその女性は、あの合わせ鏡を見て息をのんだ。

 ――まだあったのだ、これは。

 おそるおそる、その前に立ってみる。ちょうど、あの日のように。

 * * *

 回廊の向こうに何かが見えた気がして、彼女は立ち止まった。
 目を凝らすと、それは人の形をしていた。

 * * *

 合わせ鏡の、友人が消えた側に向かって、女性はつぶやいた。
 ――……ちゃん。

 * * *

 合わせ鏡から一歩踏み出した彼女は、その女性の背後に立っていた。
 合わせ鏡の回廊はゆるやかに円を描き、二十年前に入ってきたのとは反対の側につながっていた。

 彼女は、目の前の女性の背中に、何も言えないでいた。
   ふいに、その女性が、彼女の名をつぶやいた。
 ――……ちゃん。

「……はい」

 女性が振り返り、愕然と目をみはり……
 ふいにわっと泣き出し、彼女を抱きしめた。


END


WORKS文字書きさんに100のお題>020:合わせ鏡