チャイムが鳴ってみんなが帰ったのを見届け、二人は合わせ鏡をのぞき込んだ。
放課後の家庭科室。ついさっきまでのにぎやかな授業が、嘘のようだった。
赤いランドセルをしょったまま、二人はしばらく見入っていた。
無限に続く回廊。
それは奥に行くに従ってゆるやかに曲がり、カーブの陰に見えなくなる。
その先には何があるのか、何もないのか。
そして、その中にいる、無数の自分たち。
「ねえねえ、四時になるとこの中からオバケ出るって、知ってた?」
ふいに一人が言う。
「……うそだよ、そんなの」
「うそじゃないよ、……ちゃんも言ってたもん」
「……やめてよ。ねえ、帰ろうよ」
友達の意気地のない反応が楽しく、彼女はさらに続けた。
「あ! 今、何か動いたっ」
「や、やめてよっ!」
その友達は、とっさに彼女を突き飛ばした。
彼女は合わせ鏡に向かってふっ飛び……
そのまま鏡の中へと消えていった。
その友達は何が起こったのかわからず、しばらく呆然としていた。
ふいに、下校を告げるチャイムが鳴り渡った。
その友達ははじかれたように立ち上がり、いっさんに駆け出した。
ちょうど、四時だった。
その夜、地元の警察に、女の子が帰宅しないとの通報があった。
最後に一緒にいた友達は、彼女が合わせ鏡に吸い込まれたと証言したが、むろん周りは耳を貸さなかった。
連日の捜索のかいもなく、結局彼女は行方不明扱いとなり、捜査は打ち切られた。
* * *
彼女は目を覚ました。
明るくもなく、暗くもない。
そして、まったくの無音。
周りを見回してみた。
あの合わせ鏡だけが、そこにあった。
他には何もない。部屋も、壁も、窓も、街も、地平線すらも。
景色そのものがなかった。
そして、鏡の中には誰の姿もなかった。
彼女の姿さえ、そこには映っていなかった。
彼女は、合わせ鏡の一面に手を伸ばしてみた。
硬く、冷たい感触。
もう一面にも、手を伸ばす。
と、その手は、空を切った。
入れる。鏡に。
彼女は、合わせ鏡の、あの無限に続く回廊へと足を踏み入れた。
* * *
どれだけ歩いたのかなど、覚えていない。
数え切れないほどの鏡をくぐり、大きく大きく緩やかにカーブする回廊を、彼女はただ歩き続けた。
* * *
二十年ぶりに訪れる母校は、何もかもが変わっていた。
校舎は六年前に建て替えられ、家庭科室の場所も違っていた。
足を踏み入れたその女性は、あの合わせ鏡を見て息をのんだ。
――まだあったのだ、これは。
おそるおそる、その前に立ってみる。ちょうど、あの日のように。
* * *
回廊の向こうに何かが見えた気がして、彼女は立ち止まった。
目を凝らすと、それは人の形をしていた。
* * *
合わせ鏡の、友人が消えた側に向かって、女性はつぶやいた。
――……ちゃん。
* * *
合わせ鏡から一歩踏み出した彼女は、その女性の背後に立っていた。
合わせ鏡の回廊はゆるやかに円を描き、二十年前に入ってきたのとは反対の側につながっていた。
彼女は、目の前の女性の背中に、何も言えないでいた。
ふいに、その女性が、彼女の名をつぶやいた。
――……ちゃん。
「……はい」
女性が振り返り、愕然と目をみはり……
ふいにわっと泣き出し、彼女を抱きしめた。
END