――今年は、大量飛散だってね……
隣のつり革の会社員がしゃべっているのをぼんやり聞きながら、彼女は赤くなった目をしばたたかせた。
春は好きだ。
だって、誰も変に思わないから。
白いマスク。腫れた目。すすり上げる鼻。
本当は泣いてるんだなんて、だれも気づかないから。
マスクの下で思い切り顔をゆがめて、いくらでも悲しみに浸ればいい。
この仮面(いみじくも、マスク)は、彼女だけの泣き部屋なのだった。
ドアが開く。人波に流され、彼女もホームに出る。
雑踏のただ中、いつものように歩きながら、彼女はひとり涙に暮れる。
黙々とすれ違い、追い越し追い越される他のマスクたちが、実はみな忍び泣きしているなど、気づきもせずに。
そしてマスクたちも、誰一人互いに気づくことなく、歩いていく。
END