――そろそろ起きるかな。
――まだ、眠ってますね。
そんな声が毛布の向こうから聞こえる。いつも聞きなれた、両親の声。
頭まで毛布にくるまったまま、彼はその声に耳を澄ます。
――だが、今はもう……
――わかってますよ。お願い、言わないで。
身じろぎ一つせず、じっと耳をそばだてる。自分が目を覚ましていることを、今は知られたくなかった。
――もう少し、寝かせておいてやりましょうよ……
優しい声。
毛布の端をそっと上げると、父親の黒いズボンが見えた。母親は気に入りの花柄のスカートだ。どちらも、彼は子供の頃から知っていた。
不意に、家のドアを叩く音。思わず身を震わせた。
両親が凍りついたのが気配でわかる。
やがて父親が立っていき、ドアの開く音がした。
――やあ、朝早くから申し訳ない。昨夜、あんたのとこの噂を聞きましてな。
戸口から、抑えた声。村長だ。彼は身を固くした。
ぼそぼそと父親の声がする。中身は聞き取れなかった。
少し間があって、村長の言葉が聞こえた。
――あんたらの気持ちはよく分かりますよ。私だって、この戦で倅を亡くしたからね。だがね、これは決まりなんだよ……
顔が引きつっていく。
言わないでくれ。どうか、その先を。
――死んでしまった者が、この世に留まるわけにはいかんのですよ。
ぐっ、と喉から声が漏れた。
その時、彼の肩をさっと抑える手を感じた。
彼は無我夢中で毛布から手を出し、それにすがりついた。ひどく震えて止まらない彼の手をぎゅっと握り返す手。
今まで当たり前だと思っていた、その何と暖かいことか。
――ご迷惑おかけしまして、申し訳ございません。
玄関先から、父の声。
――今すこしお待ち下さいまし。あれが眼を覚ましましたら、私どもの方からよくよく言って聞かせますので……
頭の上から母の忍び泣く声がする。
その手を包むように、彼は震える両手を組み合わせた。
……お願いです。どうかもう少し、もう少しだけでいいですから、ここにいさせてください……
その掌を額に押し当て、つぶやくように、すすり泣くように彼は祈っている。
END