WORKS文字書きさんに100のお題>046:名前

 雁の渡りについて、言い伝えがある。
 雁は、細い木切れをひとつくわえて海を渡る。疲れたときには、それを海の上に落とし、その上で休むのだ。
 海岸に流れ着いた木切れは、海を渡りきれずに命を落とした雁のものだ。
 ちなみに、その木切れを焚いて雁を供養するのを雁供養という。

 * * *

 長い付き合いの友人がきのう、不意の事故で死んだ。
 乗っていた飛行機が海に堕ちたのだ。
 あれほど楽しみにしていた留学だというのに。

 その知らせを聞いたときの呆然とした頭のままで、俺は朝焼けの浜辺をさまよった。
 不意に何かが足に触れ、何も考えられないまま俺はそれに目を落とした。
 それは、一本の卒塔婆。その表面には。

 奴の名前……「雁屋」。

 何の冗談だよ。笑おうとした喉にこみ上げてきたのは熱い塊だった。
 目の前がぼやけた。喉も枯れんばかりに泣いているのが自分だと、俺は長いこと気づかなかった。


END


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