WORKS文字書きさんに100のお題>057:熱海

 夏の終わり、弟と海を訪れた。

 日暮れまで遊んで帰る間際、彼は飛び込みを披露してくれるという。得意と聞いていたが、見せてもらうのはそういえば初めてだった。
 姉さん、ちゃんと撮ってよ。笑いながら彼は近くの岩に向かった。

 夕陽をうけ、手を振る弟のシルエットが岩の上にくっきりと見える。それに向けて私はシャッターを切った。
 そして、岩から飛び込む姿。ファインダー越しにすら、それは鮮やかだった。


 そのまま、弟が上がってくることはなかった。


 手がかりもないまま一週間がたち、悲しむのにも疲れ切った頃、ふとあの写真のことを思い出し、現像に出してみた。
 が、取りに行った写真を確かめてみると、最後の一枚……弟が飛び込んだあの写真だけがない。
 あれはどうしたんですか。訊いてみたが、写真屋の主人は言葉を濁している。もどかしくなって問い詰めると、ご覧にならない方が、と言いながら、しぶしぶ出してくれた。
 ひったくるように手にとってみると。

 岩場から飛び込む弟のシルエット、その真下の海から無数の手、手、手。


 が、ことごとくメロイックサイン。


 ほどなく奇跡的に無傷で救出された弟はヘヴィ・メタルに開眼し、やがてそのジャンルの神と呼ばれるにいたった。


END


WORKS文字書きさんに100のお題>057:熱海