ええ、ちょうどこんな夜でしたよ……と、煙草に火をつけて彼が言うには。
――靴をひとつ、作ってやってはくださいませんか。
その老人は、彼の店先で遠慮がちに言った。
――ええ、良うござんすよ。
店を閉めかけていた手を止め、彼は愛想よく答えた。
――一足で?
――いえ、ひとつ、です。
老人は、傍らに眼をやった。
おかしいな、と思いつつ、つられてそちらに目をやった彼は、息が止まるほど驚いた。
ちょうど、老人のすぐ横に寄り添うように、ひとつの……小さな小さな、はだしの片足。
薄くらがりの中でぼうっと白く見えるそれは、間違いなく小さな女の子のものだった。
だが、そのふくらはぎから上は、宙に溶けるように消えていた。
――お孫さんですか?
なんでもない風を装いながら、彼は尋ねた。
――ええ。
お客は、目を細めて答えた。
その様子に、彼はほんの少し、恐怖が薄らぐのを覚えた。
――それじゃ、寸法を取りますからね、足をこちらへ。
台を取り出して彼が勧めると、小さな足はとことこと歩いて――まるで、残りの体もちゃんとあるかのように「歩いて」――台の上にちょこんと乗った。
何やら妙にいじらしくなり、彼はその足の寸法を丁寧に取った。
――三日たったらまたおいで下さい、かわいい靴にしますからね。
そういって、彼は老人――と「孫」――を送り出した。
――ええ、よろしくお願いしますよ。
ちょうど子供の手を引くような格好で、老人は戸口を去っていった。
そして三日後、やはり店じまいの間際に、老人はあの片足と一緒にやって来た。
彼は、丹精込めて作ったかわいらしい靴を、お客に差し出して見せた。
――さあどうぞ、履いてみて下さいよ。
その足は、そろりと靴の中に滑り込んだ。……と、それはぴたりと寸法どおりに収まっていた。
――おや、まあ、ぴったりだね。よく似合うこと。
思わず表情を崩した二人の前で、その片足は踊るようにくるくるとステップを踏み――
そのまま、すうっと宙に消えてしまった。
あっと叫びそうになった彼に、老人が静かに言った。
――いえ、いいんです。本当にありがとうございました。
その目元がうっすらと光っているのを、彼は見た。
老人は、彼に靴一足分の金を払ったという。
――半分でいい、と申し上げたんですが、大事な孫の靴だから、っておっしゃいましてね。
彼は、遠くを見るような目をしながら言った。
――もう二十年ばかしも前のことですが、今でもはっきり覚えてますよ。
そう言って、彼は大きく煙を吐いた。
END