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WORKS文字書きさんに100のお題>069:片足

 ええ、ちょうどこんな夜でしたよ……と、煙草に火をつけて彼が言うには。

 ――靴をひとつ、作ってやってはくださいませんか。
 その老人は、彼の店先で遠慮がちに言った。
 ――ええ、良うござんすよ。
 店を閉めかけていた手を止め、彼は愛想よく答えた。
 ――一足で?
 ――いえ、ひとつ、です。
 老人は、傍らに眼をやった。
 おかしいな、と思いつつ、つられてそちらに目をやった彼は、息が止まるほど驚いた。
 ちょうど、老人のすぐ横に寄り添うように、ひとつの……小さな小さな、はだしの片足。
 薄くらがりの中でぼうっと白く見えるそれは、間違いなく小さな女の子のものだった。
 だが、そのふくらはぎから上は、宙に溶けるように消えていた。
 ――お孫さんですか?
 なんでもない風を装いながら、彼は尋ねた。
 ――ええ。
 お客は、目を細めて答えた。
 その様子に、彼はほんの少し、恐怖が薄らぐのを覚えた。
 ――それじゃ、寸法を取りますからね、足をこちらへ。
 台を取り出して彼が勧めると、小さな足はとことこと歩いて――まるで、残りの体もちゃんとあるかのように「歩いて」――台の上にちょこんと乗った。
 何やら妙にいじらしくなり、彼はその足の寸法を丁寧に取った。
 ――三日たったらまたおいで下さい、かわいい靴にしますからね。
 そういって、彼は老人――と「孫」――を送り出した。
 ――ええ、よろしくお願いしますよ。
 ちょうど子供の手を引くような格好で、老人は戸口を去っていった。
 そして三日後、やはり店じまいの間際に、老人はあの片足と一緒にやって来た。
 彼は、丹精込めて作ったかわいらしい靴を、お客に差し出して見せた。
 ――さあどうぞ、履いてみて下さいよ。
 その足は、そろりと靴の中に滑り込んだ。……と、それはぴたりと寸法どおりに収まっていた。
 ――おや、まあ、ぴったりだね。よく似合うこと。
 思わず表情を崩した二人の前で、その片足は踊るようにくるくるとステップを踏み――
 そのまま、すうっと宙に消えてしまった。
 あっと叫びそうになった彼に、老人が静かに言った。
 ――いえ、いいんです。本当にありがとうございました。
 その目元がうっすらと光っているのを、彼は見た。

 老人は、彼に靴一足分の金を払ったという。
 ――半分でいい、と申し上げたんですが、大事な孫の靴だから、っておっしゃいましてね。
 彼は、遠くを見るような目をしながら言った。
 ――もう二十年ばかしも前のことですが、今でもはっきり覚えてますよ。
 そう言って、彼は大きく煙を吐いた。


END


WORKS文字書きさんに100のお題>069:片足