不意に、ぱし、ぱし、という音を聞き、私は顔を上げた。
見ると、頭上の蛍光灯に、見たこともない虫が何匹も体当たりしている。どうやら、床の隙間を通って階下の部屋から上がってきたらしい。
虫は見る間に増え続け、私はあわてて明かりを消して、外に通じるドア(私の部屋から階下への階段は外にあるのだ)を開けた。
虫が出て行ったのを確かめて、私はドアを閉め、階下へ降りた。
家の門のあたりは、まるで嵐のようだった。
門灯を中心として、その周囲はもう、虫、虫、虫。飛び狂い、ぶつかり合い、その無数の羽音はごおごおと音を立ててうねっていた。
何匹かが私の服にとまり、それに目をやった私は思わずあっと声を上げた。
背中の羽を除けば、それらはみな、小さな小さな人間の姿をしていたのだ。
階下に住む大家が、笑いながら話しかけてきた。
「そうか、君はこれを見るのは初めてか。君の国にはいないのかね?」
いません、と答えた私に、大家は話してくれた。
この虫(やはり「虫」だそうだ)は、毎年この季節に、こうやって大集団で交尾する。交尾といっても、こうして空中を飛び交っているときは相手を探しているときで、意中の相手が見つかれば羽を捨て、地上に降りて交尾をする。そして卵を産むと、オスもメスもすぐに死んでしまう――。
「交尾をするところを見ると、子宝に恵まれると言われてるよ」
大家はそう言って、はっはっはっと笑い、彼の妻がその頭をはたいた。
翌朝、門の辺りに行ってみると、虫の姿はもうどこにもなく、ただ地面に無数の羽が散っているだけだった。
一生に一度、恋をするためだけの羽。ひとつの明かりを中心として渦巻く、あの、夜の嵐のためだけの。
だとすれば祭りなのだ、彼らの命は。そんな気がした。
END