永劫の闇に、ひとすじの光。
夢じゃないのか。目の前の光景が信じられず、彼はそう思った。
そこには、一人の若い女――彼がただ一人だけ愛し、死に別れた女。
その女が、生きていたころと変わらぬ姿でそこに立っていた。
彼と女は、スラム街で兄妹のように育った。
親の顔など知らないし思い出もない。あるのはただ、それ自体が戦争のような毎日と、知恵の遅れた彼女だけ。
彼女を守るため、彼は何でもやった。お定まりのスリ、かっぱらいから恐喝、詐欺、麻薬の密売などを経て、行き着いた先が殺し屋だった。
彼のパトロンは大物で、二人を養うには何の不自由もなかったので、彼はしばらく安心して生きていくことができた。
人殺しに抵抗はなかった。それまでも死は日常だったし、何より彼女につらい思いはさせたくなかった。そのためなら何でもできた。
だがある日、そのパトロンが暗殺され、事態は急変した。二人は追われる身となり、彼は彼女を連れて逃げたが、その道中、彼女は病気になり、あっけなく死んだ。自棄になった彼も程なく、追っ手の凶弾に倒れた。
そして、次に目覚めたとき、彼はこの果てしない暗闇の中にいた。以来、ずっとここにいる。
「ここ」がどこだか見当もつかないが、ひとでなしの行き着く先が天国でないぐらい、心得ていた。
目の前の女が、昔のままの笑顔で彼を見上げている。
その背には、真っ白な翼。
「何だ、天国から脱走でもしてきたか」
ようやくそれだけ言い、彼はその体を抱き寄せた。
と――彼女の背後に、彼はもう一人の人影を見た。
白い服。彼女と同じ白い翼。美しい顔立ちをしていたが、その表情は険しい。
「その女は、天国から抜け出した者。こちらに渡してもらおう」
彼は、腕の中の彼女を見下ろした。おびえた顔。
「はは、それじゃ本当に脱獄か。やっと前科一犯だな」
安心させるように、彼は笑顔で言った。
「聞こえないのか」
人影――天使というべきか――が、苛立った声を上げた。
居丈高なその態度が気に食わず、彼は右手を握りしめた。
と、その中に、手に馴染んだ感覚。
ベレッタ。
彼女をかばうように後ろに押しやり、彼は、生前愛用したその銃を天使に向けた。
「愚かな」
天使が鼻先で笑う。
「人間の分際で、我らに敵うとでも思っているのか」
「さあな、そいつは分らねえぜ」
安全装置をはずしながら、彼はにやっと笑った。
「何たって、俺は『ひとでなし』だからな」
END