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WORKS文字書きさんに100のお題>086:肩越し

 夜中に便所へ行きたくなって、子供は目を覚ました。
 隣の母親を揺り起こそうとしたが、その寝床は空だった。
 そのまま眠ってしまおうと目を閉じたが我慢ができず、子供は仕方なく寝床を這い出した。
 便所は廊下を通り、庭を抜けた離れにある。長い廊下を恐る恐る渡り、そろりと庭へ出た。
 と、どこからか獣のうなり声が聞こえた気がし、子供は震え上がった。
 聞き違いではないかと祈ったが、声は確かに聞こえてくる。
 ――それも、庭の途中の納屋から。
 近づいてはいけない、見てはいけない。それは分かっていた。
 だが、その場に立ちすくみ続ける恐怖に耐えかねて、子供はそっと中をのぞいた。

 真裸の母親と、それを背後から組み敷いている影。
 それが間断なくうめき声をあげながらもつれ合っているのだった。

 影が後ろから母親の首筋に喰らいつくのを、子供ははっきりと見た。
 生暖かいものが足を伝っていく。

 不意に影が顔をあげ、子供を見た。
 母親の肩越しに、大きく釣りあがった目。かっと開いた口。

 ――鬼だ。

 そう思った、その先の記憶はない。

 * * *

 翌朝目覚めると、子供は自分の布団の中にいた。
 ――夢。
 ほうっと息を吐く。

 着替えをして居間に行くと、母親はいつも通り朝飯の支度をしていた。
 ――夢だな。

 それきり、子供はそのことを忘れていた。

 * * *

 子供の父親が死んだのは、それからさほど経たない、ある雨の夜だった。
 酔っ払って河に落ちた、と警官は言ったが、父がそういう酔い方をしたのを子供は見たことがなかった。

 * * *

 葬式が終わり、半年ほど経ったある日、母親が「新しい父親」を連れてきた。
 豪快で開けっぴろげな男だったが、優しそうだった。
 君が僕の子供になるわけだね、そう言って男はわははと笑った。
 その、笑顔。

 ――あの「鬼」だ!

 さあっと血が引いていく。
 いや、あれは夢じゃないのか。夢のはずだ。
 夢のはずだ。

 あら、どうしたの。新しいお父さんだなんて言われて緊張したの?
 母親が笑いながら、子供に言う。
 その肩越しに、血のような夕陽。母親が浮かべているはずの笑顔は、くろぐろとした陰に塗りつぶされている。


END


WORKS文字書きさんに100のお題>086:肩越し