「ネタは挙がってるんだ」
暑苦しい取調室で、刑事は言った。
しかし、取調べを受けている当の美女は軽く腕を組み、面白そうに微笑んでいる。
その態度にいらだちを覚えながら、刑事は続ける。
「あの喫茶店で、お前は右斜め前のテーブルの男に合図を送っていた。そのマニキュアでな」
彼女は、自分の両手にちらりと目をやる。
右手の親指から左手の小指までの、その十の爪は、一つ一つが異なる色で染め分けられていた。
白、黄、だいだい、桃色、赤、紫、青、水色、緑、黒。
「その爪の色の組み合わせが、お前の『文字』ってわけだ」
白い爪の指だけを上げれば「A」。黄色い爪と黒い爪で「B」。赤と緑で「C」。
そうやって文字を当てはめていけば、どんな暗号でも作れる。
「昨日の大臣暗殺の指令を伝えたのは、お前だろうが」
女は、かたちのいい眉を軽くひそめる。
昨日、議事堂前で起こった大臣暗殺未遂事件。
彼女が指示を出した相手は、張り込んでいた警察にすでに逮捕されている。
彼女のことを自白したのも、恐らく彼だろう。
「あーあ、そこまでバレてたのね」
ふう、とため息をつき、しかしさほど困っている風もなく、彼女は言った。
直後、彼女は息を止め、同時に白と黒の爪をこすり合わせた。
とたん、ものすごい煙。刑事たちが思わずむせ返る。
「刑事さん、私はそんなに性格のいい女じゃないの。逃げる手段ぐらい、ちゃんと持ってるのよ」
煙の中から、女の声。
「心配しないでね。これは毒じゃないから、五分ぐらいで何ともなくなるわ」
その言葉どおり五分後に煙が消えてみると、女の姿はもう、どこにもなかった。
END