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WORKS文字書きさんに100のお題>091:サイレン

 サイレン、またはセイレーン。美しい歌で船乗りを迷わす魔物。

 * * *

 巫女である彼女の仕事は、神殿の祭壇の上で歌うことである。と、周囲は言う。
 周囲が言うからには事実なのだろうし、事実そうしている、はずなのだが、自分の歌を聞いたことは、彼女にはない。

 祭壇の上にひざまずき、彼女は頭をたれる。ゆっくりと立ち昇る香の煙と神官の祭文が、彼女の頭をぼやかしていく。
 次第次第に薄れる意識の中で、彼女は、自分が何かの旋律をつぶやくのを聞く。
 それが神への歌。

 世にまたとない美声の奏でる、美しい旋律なのだそうだ。
 だが目が覚めた時、彼女はそれを覚えてはいない。

 神官たちも、王侯貴族も、そして庶民も。皆がそれをほめそやす。
 彼女ほどの巫女は他にいないと。
 きっと神々もお喜びに違いなかろうと。

 みんな、何を騒いでいるのかしら。私にその歌は聞こえないのに。
 私にだけは、聞こえないのに。


 やがて、東隣の帝国に、その国は押しつぶされる。

 邪教だ、まやかしだとの触れ込みで、神殿は破壊され、神官たちは捕らえられる。
 無論、彼女もその中に。

 人々を迷わす魔女だと言って、侵略者は彼女に火をかける。
 自分をくくる十字架の、足元から迫る炎。

 ……馬鹿ねえ、何を怯えているのかしら。
 何を惑っているのかしら。

 私には、聞こえないのにね。


END


WORKS文字書きさんに100のお題>091:サイレン