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WORKS猫と何かと男と女>優先順位と上下関係

 先日の落とし前をつけよとの指令をペットの猫より賜った。要は、変なモン食わされて冷たい場所で寝かされた結果腹を壊して三日間寝込み、楽しみにしていた魚のカマを食いそびれた。どうしてくれるんじゃ。というわけ。
 心外もいいところである。
 さんざ止めたにも関わらず、ひとの肩口に登って耳元で騒ぎ立ててまで氷入りバナナシェークを強奪し、あまつさえ馬鹿飲みしたのは、こいつだ。
 夜半の気象情報を見逃したのはこちらのミスだが、こいつのベッドは夏場用ウォーター式とタオル入り通常仕様(どちらもペットショップで身銭を切らされた、正真正銘の猫用)と二種類出してあり、体調に応じて使い分けは出来たはずなのだ。
 そして魚のカマは仕方あるまい。三日経てば自然と鮮度は落ちる。新しいものを買うゆとりがないのは、保険の効かないこいつの注射に金を費やしたせいだ。

 はっきり言おう。僕の落ち度はただひとつ、こいつを甘やかし過ぎたことだ。

 脅されるままに高級食材を買い与え、家具やブラシはもちろん子猫専用。しもべと呼ばれる屈辱に甘んじ、外出先にも服のポケットに入れてしずしずとお運び奉るのである。
 なのにご近所でちやほやされるのはいつもこいつだ。お子様からお年寄りまですっかりこいつの顔を覚え、最近は大家まで笑顔で寄ってくる始末。昨日までの腹痛騒ぎの時など、友人たちは寝不足の僕を尻目に牛乳が原因か否かで激論をたたかわせていたのだ。
 翻って僕は、こいつをポケットに入れているがために「ドラえもんのお兄ちゃん」がすっかり通り名になっている体たらくである。
 決めた。もう当分高級食材は買わない。体調が戻るまでの食餌療法を言い訳に、こんどこそ粗食に慣らすのだ。そしてこれを機会に、生活習慣全てに対して断固たる措置を取らせてもらう。
 どちらが上でどちらが下か、この際白黒つけようではないか……

 不意のチャイムが僕の決意に水をさした。僕より先に猫の奴が玄関へ走って行く。
 そこで思い出した。
 彼女だ。

 猫の快気祝いをしようと来てくれる予定だったのを、不覚にも今の今までコロッと忘れていた。
 おののきながら背後を見ると、連休三日を潰した介護生活の末に荒れ果てた自室が広がっている。

「ごめ、ごめん! ちょっと待って」

 床に散らばる万物を手当たり次第押入れに放り込み、窓を全開にして四角い部屋に丸く掃除機をかけ、ようやくドアを開けるまで約十分。
 外の彼女の笑顔は天使のようだ。

「もしかして忘れてた、なんてことないよね」
「ない、ない! あるわけない」
「忘れてたよね、しもべ」
「うるさいッ」

 思わず足元をどやしつけ、ついで失策を悟った。白状してるじゃん、僕。

「……すいませんでした、猫の介護に気を取られて」
「いいよ別に。大変だったみたいだし」

 すいませんでした。やはり正直が一番である。

「魚屋さんの前通ったら、カマ売ってたから、買ってきたよ。煮物にでもする?」
「やったあ。さすが、しもべと違って気が利くね」

 やかましい。さんざ面倒見てやった人間へのセリフか、それが。思い切り目を吊り上げて猫を睨んだ。
 その視界の先で、ぱかっと音を立てて、観音開きの押し入れが開いた。
 男所帯のどうしようもない万物の、雪崩。
 の、一番上に鎮座したのは、一番先に押入れに放り込んだ……要は、一番見られたくない、男所帯のどうしようもないピンク色の本。

「五千字」
「……は?」

 台所から顔を出した彼女がぼそりと呟いた言葉に、僕は呆然と聞き返した。

「あれから文字切り貼りしてさ、反省文。五千字。今日、忘れてたよねあたしの事?」
「……え」
「そうだ、ついでにボクのお腹痛くしたことも反省文、作ってよね。五千字」
「声に出して読んでね? 明日まで待ってあげるから」

 いや、ちょっと、あの。


END


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