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WORKS猫と何かと男と女>繋がる

 メニュー表にないカクテルも作れますとあったので、以前ライブハウスで飲んで感動したラムマンゴーを頼んでみた。ラム酒とマンゴージュースのカクテルである。
 しばし間があり、マンゴージュースがないためラム酒と「マンゴー酒」のカクテルになるが構わないかと返事が来た。そう言われるとどうも引っ込みがつかず、それでお願いしますと答えてしまった。
 出てきたものは案の定というか、酒の酒割りである。
 いっそ清々しいほどにアルコール味のそれを、あたしはそこそこのペースで煽った。翌日休みの気楽さもあったし、もう半分はやけだった。

 *  *  *

 ほろ酔いをやや通り越した加減で帰宅して、ミュールを脱ごうとしたらもう両手にぶら下がっていた。
 深夜裸足で近所を歩きまわる癖がもういい加減習い性になっているらしく、条件反射でやらかしたようだ。どの段階で脱いでいたのだ、まさか駅から? いや、定期券はちゃんと出したからそれはあるまい。

「ねえ、遅かったじゃない」

 半分眠ったような子供の声を出しながら、猫がとことこ奥から出てきた。ああごめんごめんと返し、ぬるい水道水をあおる。
「今日は行くの?」
 言いながら、猫はもう玄関口に座っている。そんな真似をされたら行かないわけにはいかず、スーツをTシャツに着替えて外に出た。
 恒例の「夜間裸足でご近所散歩」だ。入院中の幼馴染みジン君に、見舞いの時に話すネタを探しに行くのだ。ジン君の手術が成功するまで毎晩、続けることにしている。

 *  *  *

「しもべ、今日は会えなかったの?」
「うん。昨夜から具合悪いんだって」

 地図を閉じながら、足元を並んで歩く猫に答えてやった。この猫はもともとジン君のだ。ただ、子猫の状態から一向に大きくならないわ、ジン君をしもべ呼ばわりしてはこき使うわ、そもそも喋る言葉が人間の言葉だわで、あたしはアヤカシの類じゃないかと疑ってはいる。
 それでもジン君が可愛がっていたし、あたしもまんざら知らない仲ではないので、ジン君が退院するまではと引き取ることにしたのだ。
 預かってみると、借りてきた猫の例え通りずいぶん殊勝になった。わがままは言わないし、あたしの深夜徘徊にもけなげについてくる。こいつなりに心配なのかもしれない。

「今日はどっちの道?」
「そうね。歩道橋渡ってみよう」

 *  *  *

 アルコールの回った頭で一キロ近く歩いたが、結局収穫はない。いくら明日が休みとはいえ、さすがに戻ることを考えたほうがいい。ちなみに猫はさっきから、あたしの肩の上だ。
 帰り道でも何も目に入らず、失意のうちに歩道橋に上がる。こんな深夜でも大通りはトラックがごうごう流れ、上から見ると光の川のようだった。猫はそれが恐ろしいのか、肩に登ってしきりにあたしを急かした。
「ねえ、早く帰ろう。眠いよ」
「そうだよ。こんなとこにいたら危ないよ。ほら、これ貸してあげる」
 右手の中に何かが滑りこむ感触。開いて見てみると、ガラス球のような物が薄ぼんやり光っていた。
「これね。これ、アヤカシ猫の目玉。覗くと、珍しい物、いっぱい見えるよ」
「珍しい物?」
 後ろにいるそいつに、知らず、聞き返していた。
「うん。珍しい物、いっぱい。遠くにある物、昔の物、それから見たい物、なんでも見えるよ」
「見たい物……」
 手の上のガラス球の中で、何かがぼんやり形をとり始める。

「だからね、だから、もう毎晩、こんなことしなくていいんだ」

 そうか。
 あたしはそもそも、どうしてこんなことしてたんだっけ。

 顎に鋭い痛み。猫に引っかかれたのだ。瞬間、目が覚めた。
 あたし、誰と話してる!?

 思わずガラス球を足元に放り捨てた。それが階段の角にぶち当たった瞬間、背後からぎゃっと悲鳴。突き飛ばされるように走りだした。走って、走って、アパートに駆け込んだ。
 即座に鍵を掛け、めったに掛けないチェーンまで掛け、トイレに這いずって胃の中身を全部戻した。
 吐くだけ吐いて落ち着くと、傍らで猫が見上げている。
「もう、びっくりしたよ。急に変な人と会話するんだから」
「……どんな人」
 聞くのも恐ろしかったが、聞いてみた。
「わかんない。まっくろだった」
「……真っ黒?」
「うん、まっくろ。目玉だけ光ってた。ああいう人、危ないからだめだよ。連れてっちゃうんだから」
「……分かった、もういい。……あいつ、ついてきてないわよね」
「うん、大丈夫だと思う」
 それ以上聞く気がせず、布団に潜り込んだ。ジン君には、酒の酒割りの話をすることにした。

 *  *  *

 が、翌日、見舞いに行ったあたしは、思わず花を取り落としかけた。
 ジン君のベッドのサイドボードに、あの目玉が光っていたのだ。
「どうしたの、これ」
「ああ、何か、黒っぽい服の人が来てさ、シオンちゃんに見せてって。……あれ、そう言えばおかしいな、全然知らない人だったのに」
 首をかしげるジン君はほうっておき、あたしはそれを窓から投げ捨てた。
 夏なのに、足の震えが止まらなかった。そいつがなぜここに来たのか、大方見当がついたのだ。

 昨日覗きこんだその目玉であたしが視たのは、記憶違いでなければ、ベッドに横たわるジン君の姿だったと思う。


END


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