「両親が言うんだ、『どうか達者で』と……僕の頭をただ撫でながら」
よし休憩だ、の声が聞こえるやいなや、彼は道端に座り込んだ。石でもくくりつけられたように足が重い。
引率の役人に連れられて国を出てから、どれほど来てしまったものか。頭上を覆う物もない道端で明かした夜の数など、とうに数えるのをやめていた。
それは周りの誰もが同じだろう。刈り入れの心配をする、妻や子を思って気を沈ませる。年齢も故郷もばらばらだが、打ちしおれた顔はみな一様だった。無論、彼も例外ではない。
(……なんで、僕はここにいるんだろう?)
ほんの二月ほど前まで、住み慣れた家で、両親と一緒に暮らしていた。この日常が変わることなど考えもしなかった。
それがいきなり覆った。あの召集で。
逆らうことはありえなかったし、そんな勇気もなかった。
――気をつけて。どうか、くれぐれも達者で。
あわただしい出発の中、そう繰り返す親たちは、なかなかその手を離そうとしなかった。
我に帰ると、周りの者はすでに出発の準備を整えていた。慌てて立ち上がると、役人がじろりと彼を睨んだ。大丈夫か、この小童。その目がそう言っていた。
逆らうことはありえないし、そんな勇気もない。
ああ、あんたには分からないだろう。決して分からないだろう。
それだけ心の中でつぶやき、彼は歯を食いしばって荷物を持ち上げた。
父母が頭かき撫で幸くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる
巻二十・4346 丈部稲麿