「母さんのこの手を離れてただ一人、遠いところで眠る、だって……?」
暗闇の中、横になったまま縮こまっている。ぎこちない呼吸。
寒いのではない。
明日の夜はもう、自分はこの家ではないところで寝ている。
どこか知らない所で。
思わず膝を抱え、はっ、と息を吐く。
『この家から出る』? ここから? 僕一人で?
肩が震え出す。次いで手、背、足、息。
涙。訳もわからない。
なぜ僕が。
……ふと、頭に置かれた手。
すがるようにそれを掴み、顔に押し当てた。
手が頬をおおう。
優しい手。いつも、いつも。
彼はその手を両手で掴んだ。しゃくり上げるのを、もう止めようがない。
その背を抱き寄せる、もう一つの手。
明日の夜はもう、僕はこの手のもとにはいないだろう。
――おかあさん……
夜の底に、すすり泣く声。
たらちねの母を別れてまこと我旅の仮廬に安く寝むかも
巻二十・4348 日下部使主三中