WORKS防人歌今様>「君でなく衣服でしのぐ旅の夜」

「君でなく衣服でしのぐ旅の夜、俺は寒くて、ただもう寒くて」

 自分のくしゃみで目が覚めた。夜はまだ明けていない。
 寒い。
 重ね着した服の衿をかき合わせても、寒さはじわじわと染み込んでくる。

 くそ。なんで俺はこんなところにいるんだ。

 こんな時に限って、国に残してきた妻が頭をよぎる。どうあがいても届かない距離にいる妻だった。
 ぎりり、と歯ぎしりが出た。乱暴に寝返りをうって目を閉じる。
 が、頭はどうしようもなく冴えていく。

 泣きたくなる。惨めだ。言いようもなく惨めだ。

 傍らで聞こえる静かな寝息。同じように徴集された若者が眠っているのだ。人の気も知らずに呑気な野郎だ。

 くそ。
 寒い。
 しつこく脳裏にまとわりつく妻。しなやかな四肢。柔かい肌。その熱。
 それを抱こうと伸ばした腕は、いたずらに空を切る。
 ああ、もう。身をかきむしりたくなるほどの焦燥感。

 かっとした瞬間、思わず傍らの若者の腰に手をかけ、引き寄せていた。

 当然と言うべきか、若者は跳ね起きた。半ば寝ぼけて、それでも動物的直感で状況を悟ったらしく、思うさま顎を蹴飛ばされた。

 まなうらに散る星。

 何をやってるんだ、俺は。
 どっと押し寄せる自己嫌悪。

 それを呑み込み、あざ笑うように深い深い夜。


旅衣八重着重ねて寝のれどもなほ膚寒し妹にあらねば
 巻二十・4351 玉作部国忍


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