「軍服の裾引っぱって泣く子をなぁ、置いてきたんだ! 母もないのに……」
森を抜けたところで、男は来た道をふり返った。しかし、森の奥にある彼の村は、ここからは見えない。
突然の流行り病で、彼は妻を失っていた。悲しむ暇もなく、幼い娘と二人で必死に生きてきた。しかし、ついに彼も、村のほかの男たちとともに戦場へ行くことになった。
(……私が行ったら、あの子はどうなるのだろう?)
母の顔も知らず、父である彼になついていた幼い娘。村を出る時、行かないでくれと泣きながら小さな手で彼の服の裾をつかみ、必死になって村に引き戻そうとしていた姿が頭から離れない。
(まだ泣いているのだろうか?)
彼はふり返りふり返り、森から離れていった。
韓衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母無しにして
巻二十・4401 他田舎人大島