「服の紐が野宿で切れたらこの針でつけて、あなたの手は私の手」
「ほら、この針も持ってって。私がいつも使ってるやつ」
出立の間際、大急ぎで夫の荷物に押し込んでやる。
「旅先で、紐が切れたらこれでつけ直してね」
いつも、また紐がだめになった、と笑いながら夫は服を差し出すのだった。
いつも、ちゃんと使えば長持ちするのに、と笑いながら彼女は縫い付けてやるのだった。
「この針を持つときは、私の手が縫ってると思ってね」
離れ離れになったら、もうやってあげられないから。
「ちゃんと直してね。大丈夫よ、『私の手』なんだから」
服の紐がほどけるのは、愛しい人に想われている証拠だという。
「ちゃんと直してね、大事な紐なんだから」
紐さえあれば、何べんだって私がほどいてあげるから。
いつだって、どこにいたって、ずっとあなただけを愛してるから。
草枕旅の丸寝の紐絶えば吾が手と着けろ此の針持し
巻二十・4420 妻椋椅部弟女