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「どーっちだ」
 握った両手を、青年は前に出してみせる。
 ええと、ええと。
 背伸びして上から見たり、下から覗き込んだり、どちらかの手をちょっと突ついてみたり。少女はくるくる動きながら懸命に考え込む風である。
「じゃ、こっち!」
 腹が決まったと見え、少女が右手にぽんと触った。驚いたそぶりをしてやると、その顔が満面の笑みに変わる。
 そら来た。
 彼は思わせぶりに両手を動かし……ぱっと開いてみせた。
 左の手にはチョコレートの粒、右は空っぽ。
「はい残念でしたァ、五連敗」
 たちまちしおれてしまった少女の両頬を右手の指でちょいちょい挟んでやる。その間に銀紙を左手だけで器用に破き、中身のチョコを自分の口にぽいと放り込んだ。
 横目で少女の恨めしそうな顔を眺めながら、わざと旨そうにに口をもぐもぐ動かしてみせる。全くこいつと来たらどうしてこうお約束に忠実なんだろう。
 もういい加減気づいてもいい頃だ。選ばせているあいだ両手は空、そのかわり両袖に同じ物を仕込んでおき、相手が選んだのと反対の手にだけ握り込む。使い古されたトリックである。
 ま、こいつの頭じゃ当分無理だな。
 そこまで考えてふと見ると、少女の顔が変なぐあいに歪んでいた。目は真っすぐ下を睨んでいるし、きゅっと結ばれた唇は微かに震えている。
 ――おっとっと。
「な、もう一回やってみるか? 当てたら五個やるよ」
 さんざオモチャにした手前アメも与えておくことにし、青年は言ってやった。長く楽しむコツはこの匙加減である。
「ほんと?」
 これも予想通り、少女にぱあっと笑顔が戻る。ちょろい。実にちょろい。
 このまま勝てば鬼の首でも取ったようになるだろうが、別にいい。どうせ次にいくらでもからかってやれる。
「その代わり、お前も何かちょっといい物、賭けろよな」
「そう? んーと、そしたら……」
 小首を傾げてちょっと考え、少女は首から下げていたおもちゃの財布を開けた。
「はい、これ」
 出てきたのは真っ青なおはじき。青年にはたわいない物にしか見えないが、彼女は大事そうに掌に乗せて彼に差し出した。
「後で返してね、それ一個しかないの」
「はいよ」
 一個じゃ、仕込んだ袖と逆の手を選ばれる可能性もあるな。
 ガラスの粒を無造作につまみ上げながら、青年は頭の中で予行演習した。目くらましは少々高度になるが、まあ決して難しくはない。ぱっと手を握る動作でおはじきを左袖に滑らせ、青年は両手をさし出した。
「さあ、どっちだ」
 少女は目を皿のようにして両の拳を睨んだ。どっちの手が膨らんでいるか、隙間からガラスの青色が見えやしないか、そんなことでも考えているのだろう。
「こっち!」
 やっと選んだ手はさっきと同じ右手。となると、おはじきを左袖から右手の中へやるわけだ。
「それじゃ、見てろよ」
 チャンスは一瞬。両手首をさっと返した隙に左袖を軽く振り――
 かすかな違和感。何だ、今の。心中で首を傾げながら両手をぱっと開く。
 あ、と少女の小さな叫び。
 両手はどちらも空っぽだった。
「もう、また意地悪したあ」
 少女が頬をぷっと膨らます。
 だが当の彼は愉快どころではなかった。袖から移すあの一瞬、肝心おはじきをどこかへやってしまったのだ。
「ねえ、今のズルだよ。もう一回やってよ」
「何だよ、ご不満?」
 装った軽口の語尾が震えた。落ちた音はしなかったから、きっと自分の服のどこかにまだある。
「不満だよお。ねえ、あたしのおはじき、どこ?」
 ほら、来た。どうする。
「えーと、ちょっと待ってな」
 意地悪で押し通すことにし、素知らぬ顔で袖を探った。ない。
 逆の袖。別に仕込んだハンカチまで全部出した。こちらにもない。上着のポケットの隠しからトランプの束、ズボンの裾から火のついたマッチ、襟元からバラの造花、探すそばから色々なものが飛び出し、床に山を作っていく。
 が、彼女がそれに気を取られたのも一時だけで、あとは不安そうな目がじっと彼の動きを追っている。
 いまいましいガラス玉。あんなちっぽけな物が出てこないばっかりに。
 冷や汗混じりで視線をやると、涙の盛り上がった目とぶつかった。慌ててもう一度探し直す。おもちゃの指輪。腹話術の人形。しまいには生きた鳩まで出てきたが、肝心のものは消えたきりだ。
 さあどうする、色男。
 万策尽きて頭を抱えた時。
「あっ」
 少女が声を立て、彼の左袖に指を突っ込んだ。
 思わず顔を上げると――
 なんと、小さな指先に真っ青な色。
 すると何だ、最初に仕込んだあの場所から、おはじきは動いていなかったのか。
 その上、自分は探し損ねたのだ。この自分が。
 がっくり肩を落とした彼の目の先には、空しく散らかった仕掛けの山。このちびを困らす為に仕込んできたのに、全部また一から考え直しだ。
 で、こんだけあっても、あんなおはじき一個に勝てないなんて。
 少女は宝物を握りしめてくるくる跳ね回っている。さっき泣いたカラスが現金なものだ。嫌味すら出ない。
 深々とため息をついた彼の顔を、少女がのぞき込んだ。
「ねえ、チョコちょうだい。五個」
「あん?」
「約束したでしょ、あたしが見つけたんだよ」
「あー、はいはい」
 返す言葉を探す気にもならず、彼はチョコレートを五粒、少女に突き出した。もうどうにでもなれ、だ。
 と、そのうちの一つを、少女がついと差し出した。
「一個、あげる。食べる?」
 にこっと幼い笑顔。
 考える前に手が出て、受け取っていた。
 ――はい残念でしたァ、努力賞。
 もう一人の自分の高笑いがどこかから聞こえた。なんだかんだ言って結局、このちび助のために動き回ってるのは俺の方だ。
 どっちが上か分かりゃしない。
 いや、分かってる。
 青年はチョコをがりがり噛んでやった。甘ったるいだけの味が嫌に心地いいのは間違いなく、癪に障るが間違いなく、あの笑顔のせいだ。


END


※売れない手品師が、仲間(歌手か誰か)の子供のお守を押し付けられたんだと思う。


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