WORKSイベント即興小説>流れる雲

 子供たちと遊んだ遊園地内のオープンカフェで、年中組の娘が目ざとく見つけたのはラテアート入りのココアだった。そこそこいい値段である。
 が、せっかく来たのだし、そういえば私も本物を見たことはない。やがて運ばれてきた二つのマグカップに浮き上がるライダーとトトロは見事なもので、子供たちと一緒に私まで大はしゃぎしながら写真を撮ったあとは、息子も娘も名残惜しそうにちびちびココアをすすっていた。
 私も自分のティーカップを傾け、ようやく一息ついた。秋の空は抜けるように青く、半日遊んだ疲れが溶けていくようだ。見たこともない高さにうろこ雲が敷かれている。オープンテラスの石畳にそっくりだった。
「あれ、お風呂場のタイルみたいだ」
 私の視線に気付いたのか、息子が頭の上を指差す。ちょうど似た考えでおかしくなり、ほんとね、と答えると、今度は娘が私にカップを見せてきた。
「ママ、あれね、たぶん神様がこれやってるの」
 カップの中には、半分崩れて福笑いみたいになったトトロ。
「そっか、そうかもしれないね」
 娘のいかにも可愛らしい発想は、意外に魅力的だった。雲は神様のラテアートだったのだ。
 とすれば、その大元の海は……さらに世界は、大きなマグカップなのだ。

 待てよ。

 そんな話があった気がする。かつて世界は平らで、水をたたえた盆であると信じられていたのだ。
 聞くところによれば、最近は泡を盛り上げて立体的な形を作るラテアートもあるとか。それはどういうわけか、巨大な入道雲を連想させた。雲を色々な形に見立てる遊びは世界中どこにでもある。
 いや、と打ち消した。残念ながら、実際の地球は丸い。衛星写真だってあるわけだし。
 だがさらに脳裏をよぎったのは、ネットで見た立体ラテアートの写真だ。くっつけられた二つのカップをまたぐように、一匹の猫が泡で作られている。

 ――あの雲たちが、「別のマグカップ」の間を行き来していたとしたら……?

 地球の写真はある。宇宙飛行士の証言もある。
 だが、伝説というものも大昔からある。
 何より、世界の姿を実際に目にした人間は、この世の中で宇宙飛行士だけだ。

 馬鹿馬鹿しい。連想ゲームに過ぎない。首を振ったとき息子が呑み残しのカップを倒し、私は慌てて紙ナプキンを取りに走った。


END


※イベント参加者、Oさんからのリクエスト。それからそれへイメージを広げやすいお題で、非常に楽しかったです。ありがとうございました!


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