WORKSその他単品>伝達型アンモナイト

 東京駅地下の一番街を大手町方面へ抜けると丸の内オアゾの地下へ直通で入れる。そこへ軒を連ねる飲食店のあいだ、一階行きのエスカレーターの壁面には大理石が使われている。
 大半の人が通り過ぎる中、そこをよくよく見ると、あちこちに綺麗な渦巻き文様を探し出せる。
 言うまでもなく、化石化したアンモナイトの断面だ。
 大理石にアンモナイトが含まれているのは珍しいことではない。たとえば地上に出て八重洲通りから中央通りへ左折し、二百メートルばかり直進した先にある日本橋高島屋。そこの壁面にも、かの一族が美しい断面をさらしている。
 が、前述の地下街のアンモナイトには、他と一線を画する特徴がある。

 交通の要所に存在するということだ。

 * * *

 アンモナイトは標準化石と呼ばれる。
 雑な説明をすれば、それを含む地層の年代推定の鍵となる化石だ。条件としては、「年代ごとに形が変化している」「広範囲に、多数分布している」そして「現生しない」。
 つまり、あの眷属はかつて世界中にちらばり、繁栄を謳歌していたのだ。

 壁に目を向け、彼らの姿を見てみよう。渦巻き模様がいくつもの隔壁で仕切られ、小部屋が連なった様が見て取れる。
 このひとつひとつ、今は石と化して中身も判然としない小部屋の中。

 かつて、彼らはここにおのおの異なる音をしまっていた。

 人間の耳の蝸牛さながらのアンモナイトは、機能もまたそれと類似している。
 自らの生息地域、年代、そして外敵や食物。彼らの一匹一匹が、重要と思われる音に出くわすたび、隔壁にそれを隠した。それは異性の持つ別の音と交わり、一部は子に受け継がれる。
 最低限の隔壁を持って生まれた子供達は、成長の過程でまた新たな音を得る。
 あまたの音が交わっては別れ、共有され、更新された。
 アンモナイトは、そうやって必要な情報を蓄え、交換していくことで、生息域を世界全域にまで広げることができたのだ。
 白亜紀末期の大災害で根絶やしになって後も、音を求める彼らの習性は変わる事がなかった。石の中に閉じ込められてなお、自らもまた石と化し、少しでも音の伝わりを拾おうとした。

 そしてその中のほんの一部、ごくごく運のいい一部……
 人間に切り出され、大理石の壁で渦巻きの小部屋をありったけさらけだしているアンモナイト。
 彼らは、現代に生息する我々の音を全身全霊で拾っている。

 もうお分かりだろう、経済大国随一のターミナル駅に位置するアンモナイトは、世界中の現在進行形の情報を蓄えているのだ。

 試みに、彼らの一匹、隔壁の小部屋の一つに、歌いかけてみるといい。その歌は大理石を微かに伝わり、彼らの誰かがそれを保存する。
 何万年か後に人類が滅んでも、その歌は石の中を生き、耳を当てた誰かの蝸牛にそれを響かすのだ。

 * * *

 通常の巻貝には隔壁がなく、潮騒の音ひとつを持てるに過ぎない。けものの角笛もまた、人が歌いかけねば複雑な歌は歌えない。
 アンモナイトのみが自らそれをなし得るのだ。


END


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