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WORKSその他単品>箱

 世界各国の企業間で使い回される段ボールの中に、ヌシと呼ぶべき一箱がある。
 同期がすべて焼却炉の塵やら海の藻屑と消える中、その箱だけが運良く代々の使用者たちによって丁寧に扱われ、受け継がれてきた。

 物として見れば、その箱はあくまでありふれた運送貨物のひとつに過ぎない。しかし世界各地を経巡ったその様には、なまじの若者などが到底持ち得ないある種の威厳が備わり、それをもって使用者たちを感服せしめるのである。
 表面を苔むすごとく覆うラベルの発行元は百数十カ国に上るが、それらは一枚たりとも剥がされることなく今なお堆積し続けており、目にしたものはそこに護符の神秘を見出すかもしれない。仮にその層をめくってゆけば、今は無き国や会社の名を見出すこともできうるだろうが、未だかつてそのような蛮行に及んだ者はない。
 破れや裂け目が生じたともなれば、発見者は慈母の手つきでそれを補修したうえで初めて自らの荷物を梱包し、送り出すのだ。

 国籍・企業を問わずおよそ運送業に関わる者たちの間ではその箱は伝説であった。それを守りうるのは昨今とみに普及著しい電子媒体などではなく、今では廃れてしまった口伝あるいは伝承のようななにかである。
 曰く、それを目にすれば幸運が訪れる。それを扱えば願いが叶う。それを運べばそののち事故に遭わない。人々はその箱を自らの喜びとし、触れるごとに願いを託し、見知らぬ次の者へと密やかに伝えてゆくのだ。

 その箱は今日、「最後の国」――現代の世界地図上でいまだ行っていなかった最後の一カ国――の某企業に到達した。そして箱に逢えた僥倖を素朴に喜ぶ作業員が優しげな手つきで送り出した行き先は、箱の造られた段ボール製造会社である。

 しかし、この二つの運命的な偶然を知りうるのは誰あろう、当の箱のみである。


END


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