模試の用紙は早々に埋まり、目を上げると窓の外はただ白いばかりだった。
いや、無数の雪がごおごおと渦巻き、横ざまに流れ去っていく。手前のものは辛うじて形の分かる大きさだが、奥に目をやるにしたがって粒はどんどん細かく、膨大になってゆき、しまいには背景の白と溶け合ってしまう。その境界を見極めようと毎年目を凝らすが、いつもその前に渦にやられて目を回すのだ。
いつもならこの窓の外には裏山がそびえているはずだった。通りやら建物やらをはさんで五百メートルばかり離れているが、山はそんなもの問題にならないほどの威容で窓枠の中を占め、折々にその色を変えては僕らの気をひくのだ。
だが、今日の吹雪はその山をも飲み込み、いよいよ逆巻いていた。見知った世界の音という音が押し包まれ、渦の低い唸りだけが耳へ寄せてくる。
もしかして、この吹雪の向こう側は、まるで違う景色かもしれない。
暇にまかせて、ふとそんな妄想がよぎる。例えば僕らは、山岳地帯の尾根近くに造られた観測基地にいる。雪が止み、雲が晴れてみれば、窓の外にある景色は目も潰れるばかりの青空。峨々たる稜線がどこまでも連なり、そのふもとを雲海が埋めているのだ。
そう思うと不思議なもので、吹雪を透かして岩山の連なりをはっきり幻視できるようになる。
と、窓枠の外を、ふいと何かが横切った。
ぞくりとした。ここはハモニカ校舎の三階だ。上から下に落ちる(それも嫌な事態ではあるが)ならともかく、そんな場所でそんな動きをするような何かなど、それこそ幻でしかない。
雪の加減でそう見えたんだな。そんな理屈で自分を納得させた。
が、それが完全に腑に落ちきる前に、今度は窓枠の下からひょこりと何かが顔を出した。
目が合った。
夢うつつはさておき、地元民として、そいつの正体には一瞬で見当がついた。
カモシカ、だ。
その隣に、ひょいともう一頭。その向こうにも。
現実を飲み込みかねている僕の目の前で、三つの頭がほぼ同時に引っ込んだ。それっきりいくら目を凝らしても窓の外には雪しか見えず、そのまま試験終わりの鐘がなった。
* * *
昼休みまでにはどうにか吹雪も収まり、正面の山も辛うじて見えるようになった。
眼下には常と変わらぬグラウンド。……のはずが、何かが動いている。見慣れない大きな塊だ。
「おい。あれ、カモシカんねか」
「んだな。すげえ」
カメラ、カメラ。にわかに教室中が活気付き、窓という窓に鈴なりになった生徒達の目の下を、ブルーシートを広げた先生達が駆け出していく。
「ねえ、向こうさもいたよ。二頭」
誰かがプール近くを指差し、わっと歓声が起こる。その中にあって、僕はひとり背筋の寒さを覚えた。
やはりあいつらだろうか。あいつらなのだろうか。
近くの市役所からも応援が駆けつけたらしく、大捕り物の末に御用となったカモシカたちがブルーシート簀巻きの上、ワゴン車で護送されていく。
グラウンドに点々と残された三頭分の足跡はしかしというかやはり、地面の上だ。
END