家の中で一番好きなのが縁側だった。
ドタッと横になれる床がありながら、手を伸ばせばきっと外の雑草やら花も摘める。アリやてんとう虫なんかもしきりに行き来したし、たまに猫だって上がってきた。そのまま仰向けになったら、天井の先、ひさしのすぐ向こうは空だ。
起き上がって縁に腰掛け、足を垂らしながら外を眺めだしたら最後、一日中根っこが生えたみたいになる。庭の向こうはコンクリート塀なんて無粋なものじゃない。低い生け垣で、外は田んぼだ。その向こう、山のすぐ手前を線路が横にずっと走っているから、次の電車がどっちから来るのか賭けたっていい。
もしも次に住むとしたらやっぱり縁側のある家だ。実家と同じ景色か、でなければ盆地の斜面の家もいい。そうしたら垣根だってもともとなくて、視界のはるか下に街がばあっと広がっているだろう。その奥はやっぱり山だ。地方内陸部出身者としては、視界の果てはなんとしても山並みが聳えていてくれねばならない。
縁側のこの構造が何かに似ている気がしてずっと考え続けていたが、あるときようやく答えらしきものを悟った。例えば地方のひなびた駅のホームであり、例えば人知れぬ川縁の岩棚であり、つまりは一歩踏み出したその先に広がる異界の、そのすれすれの境界エリアなのだった。
温かい安全地帯に居ながらにして別の領域に開かれている、そのあわいに惹かれるのだ。
といったことを同室の男に語ったら、相手は眉をしかめて返した。
曰く、自分は押入れが好きだった。たとえ明るい昼日中でも扉をぴったり閉めてしまえば光は届かず、やがて目が慣れてきても視力の及ぶぎりぎりの地点はもう壁である。
隅にうずくまれば背中、体の側面、それから尻、の合計三面が塞がれる。自分と世の中を隔ててくれるこの密着感が心地よく、扉越しに薄ぼんやり聞こえる生活音やら細く漏れる光やら、外から手が届きそうで届かないあたりに自分を隠れ潜ませてくれている、その隔絶感に何より幸せを覚える。
* * *
「ぶっちゃけ、俺はそこしか行き場がなくてな。おふくろと愛人の男がよく喧嘩してよ、包丁片手に庭先で鬼ごっこ、よくやってたわ。押入れの戸に穴が開いててさ、その野郎が毎度おふくろ縁側から蹴落とすの、ちょうど見えるロケーション」
「まあ僕も似たようなもんかな。父親がダンボールをいくつも押入れに入れててさ、会社の書類だなんて言うけど明らかに挙動不審だし、量が半端ないの。で、時々それを引っ張りだしてごそごそやるから、僕はそっちに背中向けて外ばっかり見てた」
* * *
で、今のこの状況、どうなんだろうな。僕らの視線は、自然と目の前の鉄格子を視た。向こうからもこちらからも丸見えで、なおかつ外部と全く隔絶された空間だ。
「俺らにゃ理想郷かもな」
「ある意味その通りだね」
父親の横領をかくまった男と、母親の愛人を刺し殺した男と、二人して笑った。実にいい発想だ。嘘で隠した風景だって、いま生きている景色はちょっとでも美しい方がいいに決まっている。
END