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 高校のスニーカーは登下校用も内履きも指定デザインだったが、校則を決めた先生たちは紐にまで頭が回らなかったらしい。

 かくて抜け目ない生徒たちのあいだで、紐の改造が文化として花開いた。
 黎明期に流行したのは紐の通し方の工夫である。結び目を側面に寄せたり、ジグザグ交差のかわりに水平になるよう通してみたり、レースホールを頂点に星形ができるように通してみたり、左右アシンメトリーなども大流行した。

 それらの結び方が一つ一つ禁止されると、次に流行ったのは紐の色の変更だ。
 白い紐を原色にしたり黒にしたり、はたまたツートンカラーにしてみたり。アシンメトリーはやはり出現し、左右それぞれ二色の計四色を使って両足甲に同系色のグラデーションや虹色までもが生まれた。文字を織り込んだ市販の紐も当然導入されたし、自分で好きなように編んでくる生徒は人気者になったものだ。

 その流れも教員の手でただちに駆逐されたが、生徒側の次なる一手は「自分の名前」だった。
 校則の「混同のないよう、靴には黒で記名すること」の文言を逆手に取り、様々なレタリングの名前がスニーカー上に踊った。字体はあからさまな明朝体から、一見模様にしか見えない特殊書体まで。クロスワードとそのヒントを靴全体に細かい文字でびっしりと書き、回答を自分の名前にする強者まで出現した。また、レースホールの横に一文字ずつ記名し、紐の通る順番に沿ってジグザグに読ませるテクニックも編み出された。

 それに対抗する形で「記名はカカト部分のみ、それ以外の表面には何もかかないこと」の校則ができ、その流行も頓挫したとき、生徒たちの方針は大転換を遂げた。
 校則通りの白いスニーカー、白いフラットの紐である。結び方も、ごくごくシンプルな交差式だ。
 が、その下のベロの部分。紐の隙間部分から覗く位置が、よくよく見ると塗りつぶされていた。
 いくつもある菱型の隙間のいくつかを規則的に塗ったり、あるいは何色かで塗り分けたり、目立たない色で模様や文字を描いてみたり。
 「靴のベロは表面でなく、中面である」との理論? を打ち立てつつ、これまでの「目立たせる様式」から「隠しつつ見せる」様式へと作戦を一転させた生徒たちに対し、学校側はとりあえず静観の構えを見せている。

 だが、学校側はまだ把握していない。生徒側が靴の裏部分の、地面に当たらず摩耗しにくい「ミゾの内側」に、次なるキャンバス候補として的を絞り始めたことを。
 その亜種として、ゴムの側面部分にカッターで彫刻を入れる者も出はじめているのだが、それも今のところ機密事項である。


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