WORKSその他単品>モウシワケナイお化け

 ポンコツ冷蔵庫に入れた野菜がなぜか次の日から腐っていくので、よくよく確かめると庫内の温度がさっぱり下がっていない。麦茶がぬるい時点で気付かなかったのは迂闊千万だが後悔先に立たずである。
 とは言えこの頃自炊をさぼっており、ろくに使っていなかったのだから、すぐには困らないといえば困らないのだ。それでも念のため、冷凍庫の方を開けてみようとした。
 が、こちらは引出し式の扉そのものが開かなかった。凍りついたか、それとも引っかかっているのか。ただでさえ暑い中に大汗をかきながら無理やり力を加えると、バコンと派手な音がしてようやく引出しが開いた。
 あっけにとられた。中一面、半分ほどの深さまでぎっしり氷が張っていたのだ。こちらも故障か。
 とりあえず、一年前にこの冷蔵庫をくれた友人に電話してみたが、彼の話では、彼が使っていたときは冷蔵庫も冷凍庫も無事だったという。まあ予想通りの回答ではあったが解決にはならない。

 修理に出すにせよ処分するにせよ、ひとまず冷凍庫の氷を何とかする必要がある。再度引出しを開けて、もう一度呆気にとられた。
 手のひらほどの大きさのペンギンが何羽も、じっと寄り添って立っていたのだ。
 呆然と覗きこんだが、ペンギンたちは微動だにしない。そのポーズを眺めていて、あっと思った。
 もしかしてこいつら、群れで卵を抱いているのじゃなかろうか。

「はよ閉めや!」

 唐突な声が奥から響いた。
 反射的に引出しを閉めた。あれは間違いなく、冷蔵庫に入れておいた流行りのおもちゃの声である。扉を開けると光センサーが反応して色々としゃべり、開ける時間が長いと今のようにぶーたれる。

 ともあれ、ペンギンである。もう一度だけ、卵を刺激しないよう、連中がこけないよう、極力こっそりと引出しを開ける。
 やはり、いた。ひっそりと佇むすがたは先ほどと寸分違わないが、その上に随分と雪が積もっている。
 中の世界はもしかして、冬期なのだろうか。気になって携帯で調べてみると記憶通りで、こいつらは冬に卵を抱くのだった。

「ねえ、暑いよ!」

 ペンギンどもを代弁するように、またあのおもちゃの声だ。逆らわずに閉めてやった。閉めてやって、考え込んだ。こうなってしまうと処分はおろか、修理もためらわれる。
 にしても気になるのは、連中がここに住み着いてしまった理由である。誠に奇天烈ながら見間違いでもないようだし、いったいなぜこんなところに……

「温暖化だ!」

 みたび、おもちゃの声。
 誠に残念ながら、半端でない説得力があった。半ばは人類としての罪悪感のせいかもしれない。
 そうか、温暖化か。なら仕方ないか。
 前述のとおりほとんど使っていない冷蔵庫だから、このままそっとしておいてやれば済む話だ。
 そういえば、このおもちゃも、温暖化から逃げてきた動物たちが冷蔵庫に住み着いたという設定だった気がする。

 そこまで考えてぎくりとした。今の声、どこからしたのだ。引出しも開けていないのに。そもそも、あれは冷「蔵」庫に入れたはずじゃないか?
 ……それに、なぜうちにないバージョンのセリフまでしゃべっているのだ?

「お、どうしたどうした?」

 被さるように、あのおもちゃの声。ばかに陽気なトーンに、汗みずくの背中が急激に冷える。
 冷蔵庫を睨んできっかり五分固まった。
 やはり捨てよう。こんなシロモノ、置いておくわけにはいかない。というか、無理。
 携帯をがばっと開いてリサイクル業者を調べようとした瞬間……

「それ、おいしそう!」

 完全に予想の範疇を突き抜けたセリフに、思わず意識を持って行かれた。
 あっけにとられて冷蔵庫を見上げ、ついで自分の携帯を見る。
 魚のリアル造形フィギュアストラップ。
 そうか。ペンギンから見ればそうか、これは。

 ふと別なことに思い当たり、もう一度検索してみた。
 ふたたび記憶通り、抱卵中のペンギンは飲まず食わずで卵を守り続ける、とあった。
 何か異常に申し訳なくなり、ストラップを外してポケットにしまった。
 もう一度だけ、そろりと引出しをあけてみる。と、抱卵中の一羽がひょいと顔を上げ、目が合った。

「まだ、ここにいていい?」

 また声がした。訊かれるまでもなく考えは決まっている。そっと引出しを閉め、もう開けずにおくことにした。
 そのまま今に至るまで、冷蔵庫はまだうちで動いている。

 もう一つ思い出したことがある。温暖化の有名な原因の一つが、冷蔵庫の温室効果ガスだ。
 古い道具に幽霊が宿るというなら、冷蔵庫に罪悪感があったっておかしくはないとは思う。


END


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