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文字書きさんに100のお題 001-025

挑戦中。配布元:Project SIGN[ef]F(閉鎖)

目次

  • 001:クレヨン
  • 002:階段
  • 003:荒野
  • 004:マルボロ
  • 005:釣りをするひと
  • 006:ポラロイドカメラ
  • 007:毀れた弓
  • 008:パチンコ
  • 009:かみなり
  • 010:トランキライザー
  • 011:柔らかい殻
  • 012:ガードレール
  • 013:深夜番組
  • 014:ビデオショップ
  • 015:ニューロン
  • 016:シャム双生児
  • 017:√
  • 018:ハーモニカ
  • 019:ナンバリング
  • 020:合わせ鏡
  • 021:はさみ
  • 022:MD
  • 023:パステルエナメル
  • 024:ガムテープ
  • 025:のどあめ
  • 026-050▶

001:クレヨン

 かつて、ある国を旅したことがある。

 そこでは、家の壁や戸口などに魔よけの模様を描く習慣があり、私が行ったときも、家々の壁という壁、塀という塀は色とりどりの模様でうずめられていたものだった。
 その模様を描くための道具は、現地の言葉で「システィカ」だか「ジスティカ」だかいう名前だったが、物としては単純なもので、ロウ成分に色素を混ぜ込んだもの……つまり、クレヨンと同じだった。
 紙は巻いていなかったが、手につくこともなく、なんと言ってもその深く美しい色合いが魅力だった。
 あちこちの言葉で「クレヨン」と翻訳されており、私のところの言葉でもそうなっている。
 だが実のところ、これは大いなる誤訳なのだ。

 * * *

 私が行ったとき、その国では大きな祭りの前で、人々はシスティカ……例の「クレヨン」を手に、家や他の建物の模様の塗り替えに励んでいた。
 小さな家といっても、壁の大きさは当然、画用紙の比ではないので、「クレヨン」をすり減らした人目当てのクレヨン売りの姿も、あちこちで見られた。
 彼らを見分けるのはたやすかった。色ごとに分けたクレヨンを入れた小さなカゴを、いくつもぶら下げていたのだから。
 バラのような真紅。深海のような群青。森の深緑。からすの黒。象牙のアイボリーに桜貝の桃色。
 目がさめるような、あるいは夢のような、色の乱舞そのものだった。
 そして、それらのクレヨン売りは、なぜかみな黒いサングラスをかけていた。

 クレヨン売りのひとりに、何気なくクレヨンの値段を聞いてみた。
 一本、3ドル(驚いたことに、この国では普通にドルが通用する)。えらく高い。
「だがね旦那、こいつは、よその国の人には売れないんですよ」
 申し訳なさそうにその男は言った。
 なぜだい。私は聞いた。だが彼は、それは勘弁してください、と言ったきり黙りこんでしまった。
 訳を知りたくなり、私は彼に食い下がった。
 長い押し問答の末、彼はついに折れた。

「……旦那、ほんとにいいんですね?」

 その瞬間、得体の知れぬものがぞくりと背すじをよぎったが、私はいい、と答えた。

 彼が私を連れて行ったのは、街はずれの工房だった。彼はここでクレヨンを作っては売り歩いていると言う。
 どうぞ、と促され、一歩足を踏み入れた。
 カビと湿気のにおい、そして……
「……血のにおい?」
「ええ」
 言うなり、男は棒で私の頭を一撃した。

 もうろうとする意識の中で、誰かがしゃべっている。
 ……旦那には申し訳ないんですがね……わたしはこれで生活してるんですよ……
 ……まじないには、いけにえが要る……これを入れるおかげで、色がぐっと良くなるんです……
 私はぼんやりと考える。「いけにえ」? 「これ」?
 ……だけどやっぱり、この商売は祟られるんですよ……
 男がサングラスを外す気配。初めて見る相手の目に、フォーカスが合う。

 男の眼球は、白目のない、全くの黒一色の球だった。

 * * *

 私は今、色となって、家々の壁にいる。
 システィカは、クレヨン……子供のおもちゃなどではない。
 人間の体をいけにえとして混ぜ込んだ、魔よけの道具。
 私の体もばらばらになり、それぞれの色に混ぜられ、模様に描かれ、家々を守っている。

 秘密を知ったよそ者は、システィカのいけにえとなる。
 システィカ売りたちは、いけにえの、色の祟りをうけ、あらゆる色の混ざった「黒」の眼球となる。
 そして街の人々は、システィカの代金とともに、祟りをうけたシスティカ売りへの施しをする。
 システィカは魔の道具。祈りの道具。いけにえの、システィカ売りの、人々の祈りをしょって。

 血のような真紅。静脈のような群青。胆汁の深緑。髪の黒。骨のアイボリーに心臓の桃色……

END ▲

002:階段

 階段の一段一段にはそれぞれ秘密が隠されているのだと、あるとき彼女は教えてくれた。
 あの段段の、いつもなら人が足を乗せる天板は、ちょうどはね上げ蓋のように開き、中にあるとりどりの物を惜しげもなく自分に見せるのだと。
 それはあるときは古代に栄華を極めた王たちの財宝であり、あるときは野の一面を埋め尽くす花々であり、またあるときはまるでプリズムのような光の乱舞であるという。
 でも、みんな板子一枚下にそんなものが潜んでいるなんて夢にも思わずに、無造作にそれを踏み越えていくのよ、と彼女は愉快そうに笑った。

 ――それでね、私、今日からお休みだから、ちょっと泳ぎに行ってくるわ。
 そういい残し、彼女は階段の一段を開くと、その中の海へ鮮やかなフォームで飛び込んだ。

END ▲

003:荒野

 ただどこまでも、茫漠とした荒野。


「じゃんけん……」
「ぽん!」
 俺はグー、相手はパー。
 額に汗。相手をぐっとにらむ。
「あっち向いて……」
 水平に上げられたその拳のかすかな震えを、俺は見逃さなかった。
 ――下だ!
「ホイ!」
 その瞬間、俺は右を向いた。
 ちらりと目を向けると、相手の人差し指は真下を指していた。
 相手は、歯噛みして指を下ろした。俺は、汗みどろの顔でにやりと笑ってみせる。

「……じゃん、けん、ぽん!」
 俺はチョキ、相手は、パー。
 相手の薄汚れた顔が、ぴくりと引きつる。
 もらった。俺は、心の中で快哉を叫んだ。
「あっち向いて……」
 相手が息を詰める。
 ――左だ!
「ホイ!」
 俺は、真っ直ぐに左を指差した。予想たがわず、相手の顔はその方向を向いていた。
 相手の顔がみるみる絶望に染まる。
 とたん、その首がちぎれ飛んだ。
 どっと倒れる首なしの胴体には目もくれず、俺はその場を離れた。


 俺は座り込んで一息つき、周りを眺め渡した。
 どちらを向いても、無数の死体。荒野じゅうに点々と散らばっている。
 ついこの前見かけたものもあれば、風雨にさらされて顔もわからないものもある。
 ところどころ白い物が落ちているのは、きっと骨だろう。
 そのうちのいくつかは、無論俺が倒したものだ。さっきの奴のように。

「あっち向いて、ホイ」。
 これが、ここの唯一絶対の掟だ。
 俺は、ジャンケンは強い方ではない。
 が、「あっち向いて……」の時の相手の動きを読むのには、恐ろしく長けている。
 ジャンケンに勝った相手の人差し指が、どちらを指すのか。
 ジャンケンに負けた相手の顔が、どちらを向くのか。
 それらが、相手の拳の、顔の、ほんの少しの動きでわかる。
 おかげで、今日までの無数の勝負を生き延びてきたのだ。

 だが、この無益なゲームも、もうすぐ終わる。
 あと一人。
 あと一人、倒せば。

 ふと気配を感じ、俺は振り返った。
 はるか彼方から、一つの影。
 俺は立ち上がり、そちらへゆっくりと歩き出す。


 俺と奴――最後の生き残り二人は、黙って突っ立ったままにらみ合った。
 相手はぼうぼうの髪に無精ひげ。着ている物は汚れきっていた。
 しかし、やつれきった体の中で、目だけが獣のようにぎらついている。
 ひでえナリだ。きっと、俺もそうだろうが。

 相手の体が、かすかに動いた。俺も、ゆっくりと息を吸う。
「……じゃん、けん……」
 ゆっくりと拳を上げる。
「……ぽん!」
 俺はチョキ。相手は……グー。
 獣の目が、にやりと笑う。

 ――平気だ、平気だ。今までだって上手くやれたろうが。
 これさえ乗り切れれば。

「……あっち向いて……」
 ぐっと下腹に力を込める。
 相手の拳が、ゆっくりと上がる。
 その、人差し指は……

 ――上だ!

「……ホイ!」
 俺は、思いきり右を向いた。

 一瞬の静寂。
 俺は、ちらりと相手の拳に目をやった。と――

 たかだかと天を指しているはずの人差し指はそこになく、

 相手の……親指が、俺の向いている右側を、真っ直ぐに指し示していた。

 全身の血が、ざあっと引いていった。
 とたん、俺の首が飛んだ。

END ▲

004:マルボロ

 ――タバコ臭いのよね、あんたのキス。
 ついさっき女にいわれた言葉を思い出しながら、男は店の裏口に腰を下ろした。

 場末の酒場の楽屋。ステージの合間にあわただしくキスを交わし、そのまま女はホールへ去った。
 去り際に、彼女は彼を軽くつついてそう言ったのだった。

 次の休憩は一時間後か。男はコートのポケットからマルボロの箱を取り出し、一本を抜き取った。
 闇の中に、一点の赤。
 ――タバコ臭いのよね、あんたのキス。
 とは言え、今さら止められもしないし、止める気もない。

 長い沈黙。

 不意に、背後のドアが開く。振り返った男は、そこに恋人の姿を見た。
 男はマルボロをゆっくりと踏み消し、煙を吐き出す。
「終わったのか」
「ええ」

 彼女は男の隣に腰を下ろすと、スカートのポケットから何かを取り出した。
 マルボロの箱。
「何だ、いつから吸うようになった」
 苦笑して、男は尋ねた。
「一本、いる?」
 問いには答えず、女は箱を差し出した。
「……お、悪いな」
 男はポケットのライターを探りながら、箱の中から一本を抜き取り、くわえた。

「……ん?」
 甘い。

「チョコレートよ」
 女が、笑いながら箱を見せる。見ると、ロゴが確かに違う。
「よく出来てるでしょ」
 そして「原材料:カカオマス」。

「……ああ、行かなきゃ」
 女は立ち上がり、箱を男に手渡した。
「それで禁煙、どう? じゃ、後でね」
 女は少し手を振り、ドアの向こうに消えていった。

 背後で、ドアの閉まる音。
 チョコレートをのみ込むと、男はポケットのマルボロに手をやった。
 少し考え直し、ポケットから手を抜くと、チョコレートの箱から一本を取り出し、くわえる。

 ――ああ、そう言えば。
 ふと、思い当たる。
 ――今日は、二月の十四日か。

 ほんの少し苦笑して、頭をかく。
 ――禁煙、してみるかな。

END ▲

005:釣りをするひと

 街外れのうらさびれた区画にあるその家が実は幽霊屋敷だ、というのは、この界隈では有名な噂だった。
 話自体は、三十年前に一家が首吊り心中をしてからというもの、その後に住む人間は必ず首を吊る、という、実にありきたりなものである。
 しかし、人もまばらなその地域の陰気さとも相まって、それは絶対的な信憑性を持ち、お陰で地元の者は昼でも寄り付かず、夜ともなればその界隈はまったくの無人地帯と化すのだった。

「で、その家で肝試し、と?」
「どうせ暇なんだろ、二次会代わりに付き合えよ。ついでに写真の一枚でも撮って来りゃ、いい土産になる」
「何か別のもんが写ってたりしてな」
「ははは、そしたら絶好の証拠じゃねえか」
 久しぶりに再会した気安さもあったし、少し酔ってもいた。
 そして何より、そんな噂はこれっぽっちも信じてはいなかった。
 だから、俺たち二人は飲み屋を出ると、その足でその家に向かった。

 コンビニで買ったペンライトを向けてみると、その家の荒れ具合は想像以上だった。
 板戸や障子などは当然のように破れていたし、床はとうに駄目になって畳ごと腐り落ちていた。
 それでも、時々は俺たちのように物好きな奴が来るらしく、タバコの吸殻やジュースの空き缶などがちらほらと落ちているのが見える。
「こりゃ、徹夜だな」
 酔いも覚めたように友人は言い、コンビニの袋を敷いて座り込んだ。
「泣く子も黙る丑三ツ時……ってか」
「止せよ。大体『草木も眠る』だろ」
「だっけ?」
 じわりと湧いてきた後悔を押し隠すように、俺たちはひたすらしゃべり続け、笑いあった。

 目が覚めた。
 まだ真っ暗だ。つけっぱなしのペンライトの光だけが、ぼうっと足元に見える。
 向かいにいたはずの友人の気配がない。
 俺はペンライトを手にとり、そろそろと立ち上がった。
 と、その光が、俺の頭のすぐ上に垂れている何かを照らし出した。
 一本のロープ。その先端は、くるりと輪になっている。
 ちょうど、人間の頭が入りそうなくらいの大きさに。
 俺は、近くにあった踏み台を持ってくると、その輪に頭を突っ込んだ。

 * * *

「お、こっちも釣れたぞ」
 『彼』は、ぐいと釣りざおを引き上げた。
「お見事」
 ずるりと上がった『釣り糸』の先についているのは、俺の死体。
「いやまったく、入れ食いだなここは。実にありがたい」
 『彼』は、俺の死体を、友人の死体の脇に置いた。
「近頃の人間の若いのは、俺たちの存在なんて信じちゃいないからな。ガードが甘い甘い」
「ちょいと噂を流して、寄って来たのに暗示をかけりゃ、な」
「楽勝、楽勝」
 釣り場……幽霊屋敷の屋根の上で、二匹の妖怪はひっそりと笑いあった。

END ▲

006:ポラロイドカメラ

 夏の暮れ方、空のそこここに塊をなす雲の、奥のひとつだけがぱっと内から発光した。
 それだけが雷雲なのだ。そう思ったきり忘れて家に帰ったが、実はあれが雷神の婿探しであって、あの瞬間、雷光を見た僕の姿もまた雷雲に焼き付けられたのだそうだ。
 それを知ったのはその夜、散歩に出た空に浮く雲を見た時だ。お前に決めた。そんな声が確かに聞こえ、巨大な巨大な鯨のごとき雲の、ちょうど目の位置が切れた奥にぎらりと光った一番星が、思わず見上げた僕の眼を彼方より射すくめた。

END ▲

007:毀れた弓

 村と森をへだてる岩場の上の方に人影が見えた気がして、その子供はよじ登った。
 普段はめったに人が登らないその頂上に、大汗をかきながら子供がたどり着くと、そこには一人の男が腰かけていた。
 子供は、その男を知っていた。村で「見張り」と呼ばれている男だった。

 ――よお。お前、……の家の子だな。一人で来たのか?
 子供を見て、男は少し驚いたように言った。
 子供はうなずくと、尋ねた。
 ――おじさん。こんなところで何してるの?
 ――見張ってるのさ。
 ――何を?
 ――あれをさ。
 男はかたわらの弓を取り、眼下に広がる森の上空を指して見せた。
 そこには、大きな鳥のようなものが何羽か、ゆっくりと旋回していた。

 ――あれ、なに?
 ――妖怪さ。
 事もなげに、男は答えた。
 ――妖怪って、人を食うの?
 おとぎ話の闇めいた恐怖がぬっと立ち上がった気がして、子供は身震いした。
 ――ああ、時々はな。だから俺はこうして、連中が村まで来ないように見張ってるのさ。
 男は、たばこに火を点けた。
 ――話が通じりゃ楽なんだが、なんせ人間の理屈が通じねえもんでな。

 と、舞っていた妖怪たちの一羽が不意に向きを変えた。
 そのままこちらへ飛んでくる。
 男が、弓をつかんでゆっくりと立ち上がった。
 子供は、ぞくりとして男の後ろに身を隠した。
 妖鳥はぐんぐんと近づいてくる。毒々しい翼、巨大な鉤爪。かあっと開いた口に並んだ牙まで、子供ははっきりと見た。

 男はたばこをくわえたまま、妖鳥に弓を構えた。
 見上げた子供は、息を飲んだ。

 その弓に、弦が、ない。

 矢さえも、ない。

 ――おじさん!
 思わず叫んだ子供に、男は妖鳥を見据えたまま口元だけで笑い、ない筈の弦をぐっと引き絞り、

 放した。

 とたん、妖鳥の体が弾かれたように飛び、

 そのまま、くるくると回りながら、

 墜ちていった。

 呆然とする子供に、男は笑ってみせた。
 ――言ったろ、人間の理屈は通じねえって。

END ▲

008:パチンコ

 鳥という鳥が地に堕ちて石になってしまったので、私はそれを温め続けなければならない。聞くところによれば、私の遠い祖先の一人である少年が戯れに石つぶてで鳥を撃ち落した償いだという。

END ▲

009:かみなり

 自分が死んだことに気づかない者の話をたまに聞くが、あれは人間に限った話ではないらしい。

 飼い犬が死んだ。元気が取り柄の奴で、ネズミ花火よろしくそこら中を駆けずり回っていたものだが、年明けの厳寒のさなか体調を崩してからはあっという間だった。
 呆然としたまま半年が過ぎ、新盆もまだの夏休み入り。
 空が暗くなってゴロゴロ言い出したと思っていたら、裏の田んぼにどーんと来た。杉の木に当たりはしなかったか恐る恐る目をやると、青々と広がる水田の上に轟音を曳いて稲光りが踊っていた。折から篠突く豪雨、それを突っ切って電光は畦道に飛び乗り、並ぶ稲先をすれすれに渡り越し、ごうごう渦巻く緑の海いちめんを舞い狂っている。
 その様はあまりにも見憶えがあり、私はぽかんと縁側に突っ立っていた。きっとこいつは自分が死んだことにも、もはや犬でなくなったことにも気付いていやしまい。
 我に返ると小止みになった雨とともに光は消え失せ、名残り惜しげな遠雷が空の奥にこもっていた。

 その年の米はいつになく豊作だった。わけは知らない。

END

010:トランキライザー

(未攻略)

END ▲

011:柔らかい殻

 その大木には、かつてより様々な生き物が住んでいた。様々な鳥に始まり、リス、サル、そして虫たち。どんな大きさでも、どんな姿でも、木は拒まずに迎え入れた。

 そこへ、あるときから新しい生き物が住み始めた。
 人間だ。
 初め、彼らは木の下に家を作っていた。広い枝葉を屋根の上の天蓋とし、慎ましく住まっていた彼らは、より外敵から身を守りやすくするため、動物たちに習って木の上に移動した。
 大木の上の家は、そのうち小さな集落となった。じき近隣の木々にまで広がるようになり、にぎやかなムラとなった。

 が、やがて、隣のムラとの戦争が起こった。ムラは戦争に押しつぶされ、そのまま隣ムラに飲み込まれた。
 自分がもっと高い木ならばよかったろうか。涙に暮れるムラ人を抱え、木は思った。
 それをよそに、ムラはさらに拡大した。一本の木に無数の家が乗り、ふんだんな実や葉を暮らしに使い、かつて呑まれた民族ともども発展は続いていく。
 あるいは、これでよかったのかもしれない。木がそう思い始めた頃、ムラは新しい展開を見せ始めた。

 木を降り、農耕を始める人々が出たのだ。その流れは止まらず、人々は大地の上に広がり始めた。
 だが、子供達はこれまでどおり遊びとして、また生活の糧を得るため木に登った。木は生活の場でなくなったにしろ、憩いの場であり続けた。

 そこへ新たな災厄が見舞った。飢饉だ。
 飢え果てた末、人々は自分の土地を捨てて別の地へさまよい出た。木はときおり流民たちを留めるのみになった。やがて木は盗賊のねぐらになり、また時々彼らを役人が木に吊るした。

 それがようやく下火になり、人々はまた畑に戻り始め、活気が戻ってきた。
 街道は整備され、村は街となって木々を囲い、木の下を大勢が行き交い、また集っては休んだ。
 やがて街は都市となり、レンガは鉄筋コンクリートとなり、平屋は高層ビルとなり、繁栄は永遠に続くかと思われた。

 拡大に継ぐ拡大の末の末、訪れたのはまたしても戦争だった。が、これまでとは桁違いの戦争だった。
 いくつもの爆弾で家々は吹き飛び、木々は焼け、人間の姿は消え失せた。
 大木はまだ立っていた。枝は無残に折れ、葉は落ち、幹は焦げ、それでもまだ瓦礫の中に立ち続けていた。

 途方もないような月日が過ぎ、大木が立ったまま朽ちた頃。
 うろの中に、久々に生き物の気配を感じた。ずいぶんと懐かしい、人間の親子だ。
 やあ、生き延びていたか。ボロをまとい身を震わせる彼らを、木はなにも言わずにうろへ匿った。
 雨があがった後も、彼らはその場を離れなかった。そこに掘っ立て小屋が作られ、石のかまどに火がおこった。
 小屋の柱になり、たきつけになったのは大木のかけらだ。そうやって、また木は生きてゆく。

END ▲

012:ガードレール

 道路ぎわにバイクを寄せ、彼はタバコに火をつけた。
 ガードレールに寄りかかり、崖の下を覗き込む。
 目のくらむような高さ。落ちたらひとたまりもないだろう。
 ……さて、と。
 出発することにし、彼は火を消すつもりでガードレールにタバコを押し付けた。
 とたん、ガードレールが蛇のように跳ね、ぐわっと彼に巻きついた。
「なっ、わ、おわ!」
 崖下に落とされる恐怖に駆られ、彼は闇雲に手足を振り回した。
「それ」は彼を捕まえたままぶんぶんと振り回すと、ぽいと道路にほうり捨てた。
 しりもちをついたまま呆然とする彼の目の前で、「それ」は甲高い哄笑を上げながら、ひらひらと崖下に飛び去った。

 * * *

「ああ、今でも『出る』んですよ、この辺り。まだまだ辺ぴですからねぇ」
 近くの民家に駆け込んだ彼に、そこの主人はしみじみと言った。
 ――そういや、ゲゲゲの鬼太郎にそんなのがいたような。
 衝撃覚めやらぬ頭で、彼はぼんやりと考えた。

END ▲

013:深夜番組

「であい系」と称されるサイトも実は数種類に細分化される。最も一般的な「出会い系」は無論人間同士の利用が前提で、「出逢い系」になればより熱い逢瀬が期待できる。「出合い系」は動物や物との触れ合いを望む者が密かに訪れるが、稀に人間を求める人外の何がしかが紛れ込むとも言われる。最後の「出遭い系」についての詳細はわからない。これまでの利用者がことごとく、戻ってこないためだ。

END ▲

014:ビデオショップ

(未攻略) ▲

015:ニューロン

 人間の輪廻転生の行き先は未来とは限らない。過去へと生まれ変わったうちでごくたまに元の記憶を持ったままの者こそが、予言者としての素質を持つ。が、そこは不完全な人間のこと。予言者同士の意見がぶつかるのはつまり、どちらか(あるいは両方)が記憶違いをしているのだ。

END ▲

016:シャム双生児

 彼は、いつもハイネックの服を着ている。
 それは時々はマフラーだったり、バンダナだったりするけれど。
 たまに、どうして、と訊かれたら、好きなんだ、と言うことにしている。
 そうすれば、もう誰もそれ以上は訊いてこないから。

 彼には双子の弟がいる。
 弟、といっても、「彼」がそう主張しているだけで、本当は兄のはずだったかもしれない。
 あるいは、妹? 姉? そうかもしれない。
 でも、「彼」がそう言っていることだし、彼にも異存はなかったので、今日に至るまで「彼」は彼の弟なのだった。

 彼は、若く見える、とよく言われる。
 彼の本当の年齢は三十歳だけれど、見た目は二十歳そこそこだ。
 そして弟は、今、十歳ほどに見える。
 彼らは、同じ時間を二人で分け合っている。
 だって、二人で一人なのだから。

 うららかな日差しが道に踊る日、彼はよく散歩に出かける。
 弟は、こんな天気が好きなのだ。
 公園のかたすみのベンチに腰を下ろし、彼は遊ぶ子供たちや、餌をついばむ鳩を眺める。
 そして、誰も見ていないとき、彼は首の右側に手をやり、タートルネックを少しだけ下ろす。
 そこには、
 首筋からほんの少し浮き上がるように、小さな唇、鼻、そして閉じられた両の目。
 ……十歳の少年の、顔。

 ――分かるかい、いい天気だぞ。
 心の中で、彼は弟に話しかける。
 ――分かるよ、兄さん。
 彼の心に、弟が返事をする。

END ▲

017:√

 同じ数同士をかけて、ある数にする、その「同じ数」を「ある数」の平方根という。
 例えば、√1×√1=1。よって、√1は1の平方根である。
 また、1×1=1なので、√1は1でもある。

 人間ふたりがかけ合わさって、一人の人間が生まれる。
 このとき、1×1=1、√1×√1=1が成立する。

 ちなみに、1の平方根は、√1だけではない。

 「その男」からえぐった目と、「その女」から切り取った髪を、「彼女」の形見の人形に植え付ける。
 新しい目と髪を得た人形はかすかに身じろぎ、僕に微笑んだ。
 ……やあ、おかえり。

 点けっぱなしのラジオから、アナウンス。
『女子大生をひき逃げした疑いで事情聴取を受けていたカップルが行方不明に……』
 今はもう、どうでもいい話。

 世界から欠けた人間と、世界から欠けた人間をかけ合わせたって、新しい人間は生まれるんだ。
 -√1×-√1=1。

END ▲

018:ハーモニカ

 下位の者が身に着けるのを許されない「禁色」という色が存在した時代から幾星霜、この世の色という色は商品となった。

 色を買い占めたのは一人の富豪で、彼は「色王」の名で呼ばれた。人々に許されたのは自ら持って生まれた体の色と、衣服のための黒と白。他の色はみな色王に法外な金を払わねば使うことができず、絵画も服飾も凝った料理もみな一握りの金持ちの娯楽だった。
 これに逆らい、ある者は色とりどりの糸を縒り合わせて黒に見せかけようとした。またある者は協力者たちから様々な色の髪を譲り受け「持って生まれた色」のみで服を編もうとした。が、いずれも色王の逆鱗に触れ、生涯最高の色を与えてやるとの名目で刑場に赤い血の花を咲かせた。

 かくて庶民の間では、白黒二階調で描かれる模様や切り絵が大きな発達を遂げ、それらを使った影絵芝居もさかんに行われた。ちまたのガス抜き効果を考えてか色王もさすがにこれは咎めず、影絵芝居は庶民にとって最大の娯楽となった。
 その音楽にはいろいろな楽器の名手や美しい声の歌手が幾人もつき、芝居にとって欠かせぬ存在である。
 色王はまだ気づかない——彼らが自由に操り、人々を楽しませているものこそ、音色・声色と呼ばれるものであることに。

END ▲

019:ナンバリング

 彼は郵便局で働いていた。
 郵便配達係ではない。郵便局に集められ、宛て先の地区ごとに区分けされた手紙を、さらに家ごとに分けていく仕事だった。
 
 その中に、彼宛ての手紙は一通もない。
 担当の地区は彼の住む地区ではないのだから、当然といえば当然だった。
 しかし、彼には身内もいなかったし、その上無口で少々気むずかしく、何をするにも一人で動くような人間だった。
 そういうわけで、彼がもう何年も人から手紙をもらっていないのは、不思議なことではなかったのだ。

 毎日毎日黙りこくって棚に向かい、自分宛てではない手紙を分ける。
 色とりどりの手紙たちは、みな彼の前を素通りし、彼以外の誰かのところへたどり着く。
 それに少しのいらだちと、もっと少しの寂しさを覚えたのも最初のうちだけで、今はもう、彼はただ淡々と仕事をこなしていた。

 * * *

 ある暑い日、彼の分ける手紙の中に、別な地区のハガキが紛れていた。
 ――誰か、間違えたな。
 あとでそこの地区の担当に渡すつもりでそれを脇へのけながら、ふとその宛て先に目をやった彼は、思わず息を呑んだ。

 その住所も、宛名も、紛れもない彼自身のものだったのだ。

 あわてて、彼は差出人欄に目を走らせた。
 女性の名前。見覚えがあった。

 ――そういえば。

 高校のころ、一度だけ隣の席になったのだった。
 何を話したのか、もう忘れてしまったけれど。
 その後、クラス替えがあって、それっきりだった。

 裏返してみる。淡いひまわりの絵。ここの郵便局でも売っている、官製ハガキだった。
『暑中お見舞い申し上げます……』
 流れるようなペンの文字。
『お近くにお住まいと分かり、懐かしくなってペンを執りました……』
 ハガキをもう一度ひっくり返し、住所を見てみる。そこで、彼は二度驚いた。
 その住所は、彼の担当する地区だったのだ。
 すぐに、目の前の棚に目を走らせる。三丁目4-12……三丁目4-12……

 あった。
 その棚の名前は、間違いなく彼女のものだった。
 ここから――この家から、手紙が来たのだ。
 いや、正確には「来る」のだ。恐らくは、明日。

 ――俺に手紙が来るんだぞお!
 誰かに――誰もに聞かせてやりたかった。
 でも、彼はその代わりに、さりげなく――実にさりげなく、その手紙を係の人間に渡した。
 郵便局員は郵便のプライバシーを漏らしてはならない、という決まりもあったが、何より、気恥ずかしかったのだ。

 その晩、彼はいつものようにスーパーで缶ビールと、300円のピーナッツを手に取り――少し考えて、350円のミックスナッツを買った。

 * * *

 次の日、彼は急ぎ足で家に帰った。
 郵便受けを覗く。と、果して、あのハガキはひっそりとそこにあった。
 何か壊れやすいものでも触るように、彼は息を殺して、それを取り出した。
 宛名には紛れもない彼のそれが、差出人には紛れもない彼女のそれが、昨日と寸分たがわぬ筆跡で、寸分たがわぬ位置にあった。
 そして、あの流麗な文字。
 彼は、それを壁の目立つところに貼り、その日、何度も何度もそれを見返した。

 その次の日。
 彼は朝一番に、郵便局の一階の、切手・ハガキ売場に行った。
 見本の中に、あのひまわりの絵。
 彼は、それらの見本をためつすがめつして、ようやく金魚の絵のついたハガキを一枚、買った。
 昼休み、彼は食堂の隅のテーブルでそのハガキを書いた。
『暑中お見舞いありがとうございました……』
 彼はそれを局のポストには入れず、帰り道、家の近くのポストに入れた。

 * * *

 そして、その次の日。
 彼は、自分の区分けする手紙の中に、自分の書いたあのハガキを見つける。
 ――お、来た、来た。
 彼はそれを手に取り、ひと呼吸し、ゆっくりと宛て先の――彼女の棚に入れる。
 そう言って、彼は大きく煙を吐いた。

END ▲

020:合わせ鏡

 チャイムが鳴ってみんなが帰ったのを見届け、二人は合わせ鏡をのぞき込んだ。
 放課後の家庭科室。ついさっきまでのにぎやかな授業が、嘘のようだった。

 赤いランドセルをしょったまま、二人はしばらく見入っていた。
 無限に続く回廊。
 それは奥に行くに従ってゆるやかに曲がり、カーブの陰に見えなくなる。
 その先には何があるのか、何もないのか。
 そして、その中にいる、無数の自分たち。

「ねえねえ、四時になるとこの中からオバケ出るって、知ってた?」
 ふいに一人が言う。
「……うそだよ、そんなの」
「うそじゃないよ、……ちゃんも言ってたもん」
「……やめてよ。ねえ、帰ろうよ」
 友達の意気地のない反応が楽しく、彼女はさらに続けた。
「あ! 今、何か動いたっ」
「や、やめてよっ!」
 その友達は、とっさに彼女を突き飛ばした。
 彼女は合わせ鏡に向かってふっ飛び……

 そのまま鏡の中へと消えていった。

 その友達は何が起こったのかわからず、しばらく呆然としていた。
 ふいに、下校を告げるチャイムが鳴り渡った。
 その友達ははじかれたように立ち上がり、いっさんに駆け出した。
 ちょうど、四時だった。

 その夜、地元の警察に、女の子が帰宅しないとの通報があった。
 最後に一緒にいた友達は、彼女が合わせ鏡に吸い込まれたと証言したが、むろん周りは耳を貸さなかった。
 連日の捜索のかいもなく、結局彼女は行方不明扱いとなり、捜査は打ち切られた。

 * * *

 彼女は目を覚ました。
 明るくもなく、暗くもない。
 そして、まったくの無音。

 周りを見回してみた。
 あの合わせ鏡だけが、そこにあった。  他には何もない。部屋も、壁も、窓も、街も、地平線すらも。
 景色そのものがなかった。

 そして、鏡の中には誰の姿もなかった。
 彼女の姿さえ、そこには映っていなかった。

 彼女は、合わせ鏡の一面に手を伸ばしてみた。
 硬く、冷たい感触。
 もう一面にも、手を伸ばす。

 と、その手は、空を切った。

 入れる。鏡に。

 彼女は、合わせ鏡の、あの無限に続く回廊へと足を踏み入れた。

 * * *

 どれだけ歩いたのかなど、覚えていない。
 数え切れないほどの鏡をくぐり、大きく大きく緩やかにカーブする回廊を、彼女はただ歩き続けた。

 * * *

 二十年ぶりに訪れる母校は、何もかもが変わっていた。
 校舎は六年前に建て替えられ、家庭科室の場所も違っていた。
 足を踏み入れたその女性は、あの合わせ鏡を見て息をのんだ。

 ――まだあったのだ、これは。

 おそるおそる、その前に立ってみる。ちょうど、あの日のように。

 * * *

 回廊の向こうに何かが見えた気がして、彼女は立ち止まった。
 目を凝らすと、それは人の形をしていた。

 * * *

 合わせ鏡の、友人が消えた側に向かって、女性はつぶやいた。
 ――……ちゃん。

 * * *

 合わせ鏡から一歩踏み出した彼女は、その女性の背後に立っていた。
 合わせ鏡の回廊はゆるやかに円を描き、二十年前に入ってきたのとは反対の側につながっていた。

 彼女は、目の前の女性の背中に、何も言えないでいた。
   ふいに、その女性が、彼女の名をつぶやいた。
 ――……ちゃん。

「……はい」

 女性が振り返り、愕然と目をみはり……
 ふいにわっと泣き出し、彼女を抱きしめた。

END

021:はさみ

 振られた悔しさに、彼女は彼を呪おうと試みた。

 * * *

 爪を切り終え、彼はゴミ箱の上で爪切りバサミを振った。さらさらと音を立ててハサミ(爪が飛ばないカバーつきだ)から爪が流れていく。
 それが落ちきったのを確かめ、ハサミを仕舞おうとして……彼は、ふとその中を覗き込んだ。
 カバーに覆われたハサミの奥に、切った爪が引っかかっていた。
 ハサミを逆さにして、少し強く振ってみる。
 少し顔をのぞかせた爪を、指でつまんで引き出そうとした。

 と、ハサミの口から小さな蜘蛛が一匹、おろおろと逃げ出していった。
 どっから入り込んだんだ。さして気にも留めず、彼はそのまま爪を引き出した。

 蜘蛛の糸で絡められて、大量の爪の切れっ端がずるずると引き出されてきた。どれだけ引き出しても尽きることがなかった。

END ▲

022:MD

(未攻略)

END ▲

023:パステルエナメル

 海岸沿いの、暑い道。

「やあ、いい天気だな」
 どうせ通じるわけもないが、彼はその少年に言葉をかけた。
 少年はいつもの通り、にっと笑ってそれに答えた。

 二十年にも渡るこの国の内戦は、国連軍の介入でようやく幕を閉じた。とは言え、長い戦乱の後のこと、国全体が疲弊し、人心は乱れきっている。
 国連軍は当分の間、この国に駐留することを決めた。
 彼もまた、その駐留部隊の一員だった。

 彼はいつものように少年にコインを渡し、ストローのささったヤシの実を受け取る。
 ヤシの実の上部を削ぎ落とし、ストローを差し込んで中の汁を飲むのがここのやり方だった。
 実のところ、始めはあまり美味いとも思えなかった。だが、これは熱帯のこの国伝統の知恵とみえ、正直、今はこれなしではやっていけない。
 そんなわけで、彼は非番のたびごとに、この少年の屋台でヤシの実を買っているのだった。


 他の客が来て、少年にヤシの実を注文する。
 すると少年は、山と積まれたヤシの実から一個を抱えあげ、木の台に乗せる。
 ヤシの実の中身を飲みながら、彼はその少年の手元を見ていた。
 彼とは違う、パステルエナメルの色の肌。この国の人間は皆、そうだ。
 その手がナタを振り上げ、器用にヤシの実を削っていく。
 やがて小さな穴があくと、手はそこにストローをさし、客に手渡す。
 そして代わりに、大事そうにコインを握りしめるのだ。

 パステルエナメルの手。
 わずかばかりのコインのために、鉛筆の代わりにナタとヤシの実を握る手。
 パステルエナメルの手。
 その色の手をした人間たちが、この国で、この大地で、長いこと殺し合ってきた。

(そして今、おれたちは違う色の手で、それを止めようとしている)

 不意に浮かんだ考えを、彼は振り払った。とうに陳腐化したステレオタイプだ。


 と、少年が彼に手を振った。こっちへ来い、と海の方へ手招いている。
 店はどうするんだ、と言おうとして見ると、いつの間にか少年の姉が店番をしていた。
 彼は少年について、海へ向かって歩き出した。

 岸につながれている小舟を、少年は指さした。笑いながら、乗れよ、と合図する。
 どうしようか。一瞬迷ったが、彼は結局、乗り込んだ。
 少年は慣れた手つきで櫂を操り、舟は岸から離れた。


 海の上で少年が舟を止めると、彼は周りを見やった。
 岸からはさほど離れていなかったが、この辺りは深いと聞いている。
 ふと疑いを抱いて少年を見ると、少年は海の中を指さした。
 覗いてみろ、というらしい。

 ……まさか、な。

 それでも用心しながら、彼は船べりに寄った。
 そのまま、ゆっくりと海の中を覗き込み、目を凝らす。

(……………………!)

 ゆらめく水底に、街があった。

 歳経た陰影に沈む、かっちりと組まれた石造りの家々。天蓋のない大回廊の床いちめんを揺れる水紋が彩り、果てを知らず縦横に延びる石畳の街路を今は魚たちが泳ぎ交う。

(……なんだ、これは……)
 恐らくは、古代都市。それがそのまま、深い海の底に沈んでいるのだ。

 彼は身を起こし、少年を見た。
 少年は、得意げににっと笑って見せた。お得意様へのサービスのつもりだったのだろう。
 そのまま何ごとか言い、海底の街を指差す。

 パステルエナメルの指。

 その色に、彼らは、こんな途方もない歴史を隠していたのだ。


 彼はふと、ひりつくような憧れを、その少年に感じた。

END ▲

024:ガムテープ

(未攻略)

END ▲

025:のどあめ

 貧しい機織り娘が街の人気歌手に恋をした。
 身分違いを知りながらも娘は織った布を捧げ、想いのたけを告げたが、歌手はすげなく跳ねつけた。身の程を思い知った娘は、さよならと一言呟いて雑踏に消えた。
 その途端、歌手の手の中の布がさあっと鮮やかな青に変わった。
 驚いた彼が布へ自分の声をかけると、布は深い紅色になった。娘の布は特別な織り方をされていて、当たった音の波によって繊維が動き、光の照り返し方が変わるのだった。
 歌手はその布を衣装に仕立てさせ、舞台で着るようになった。歌によって極彩色に移ろう服は彼の美声とともに評判を呼び、彼はいつしか売れっ子になっていった。
 だが彼がいくら声を工夫し、歌に技巧を凝らしても、青だけはどうしても出なかった。
 はじめ熱狂的に彼の歌を聴いた人々も、次第に服にばかり目がいくようになった。その服が青にならないと知れ渡ったのはすぐで、青色が出ないのは彼の歌唱力不足のせいだと人々はしきりに囁いた。

 それでも、歌手はその服を脱がなかった。
 もはやその服なしで名を保てなかったこともあるが、一番の理由はほかでもない。
 売れっ子の彼に向けられる言葉は、たいてい彼の服をろくでもない色に変えた。騙そうとする言葉、哀れむ言葉、媚びを売る言葉。相手がどんなにうわべを繕っても、服はその響きを見抜いて色を変える。
 騙されてたまるか。相手の狼狽を横目に、彼は心で呟くのだった。
 事故は舞台で起こった。これまでで一番大きな舞台で、歌手は今まで以上に熱をこめて新曲を披露した。服はその声で七色に移ろい、人々は耳と目で酔いしれた。
 その時、客席から野次が飛んだ。ライバル事務所の嫌がらせだったが、不意を突かれた歌手は歌詞を飛ばし、思わずつかえて黙った。
 バンドマン、客席、全員が凍りついた中、彼はどうにか立て直したが歌い出しの声が震え、その途端に服は灰色に濁った。
 客席からブーイングがとんだ。それは瞬く間に広がり、歌手の声をかき消して服の色をどす黒く変えた。
 と、騒ぎを突いて、声が彼の耳を貫いた。

 ——頑張って。

 途端、服が目の覚めるような青に変わった。
 観客は水を打ったように静まり、歌手は満座の客席の隅っこの隅っこに、あの機織り娘を見つけた。  彼が再び歌いだした時、服は今までで一番美しい紅色に変わった。

 二度のアンコールが済み、幕が下りると、歌手は舞台から駆け出した。出口の物陰に隠れ、興奮さめやらぬ人々を目で追う。
 と、あの機織り娘が逃げるように出て行く姿が映った。彼は駆け寄り、声を掛けた。
 ——ねえ、きみ。

 娘はぱっと振り返った。まず柔らかな黄色に染まった服が目に入り、相手の顔が目に入った。

END ▲

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